埋もれた闇の真実

「……そしたらこの子はどう生きればいいんですか? 両親もわからない。出自もわからない。自分がどこから生まれてどこへ行けばいいのかもわからないまま、生きていけと言うんですか?」


「だったらお前が預かればいい。もう一人の子どもとして育てればいい。事情を知っているお前のところなら安心だ」


「そんな無責任な!」


「そうよ。誰もが無責任だからこそ、今回の怪異が起こったんじゃない」


 沙夜子の声が吉良に月岡、二人の言い争いを止めた。感情を一切含まない厳かな声が。


「生まれた命の行き場がなくて、凄惨な事件が起こった。昔も今も変わりなく、一人では生きていけるはずのない命なのに誰も助けようとしない。気づかない。気づこうともしない。声が失われていくのをただ待つだけ。……だけどね」


 振り返った沙夜子の瞳は濡れていた。赤子を見つめる二つの瞳が。少なくとも吉良にはそう見えた。


「あのあやかしは生きようとしていた。何も見えない暗闇の中で産声を上げて生きようとしていた。人間に取り憑き栄養を奪ってででもひたすらに生きようとしていた。あの姿を見ていると感じたの。吉良ならわかるでしょ? 少女は生まれた赤ちゃんを見て、あやかしに取り憑かれながらも願ったのよ。──とにかく生きてほしい、って」


 火がついたように再び泣き声が上がった。体を揺らしても頭を撫でても今度は一向に泣き止む気配がない。胸の中に抱き止めると、その小さな体をきつく抱き締め背中を擦る。


「奇跡だと言われたんですよ。生きているのが、奇跡だと。だったら僕はそれを信じたい」


 多くの命が消えていった。生きようと上げた声が消されていった。暗闇の底にうずめられ存在しないものとされた。だが、そこから浮上し暗闇を抜けて生まれた命もあった。泣き叫ぶ声があった。


「月岡さん。真実は残酷かもしれない。恐怖かもしれない。でも、闇に蓋をしてしまっては生まれた奇跡も無いものにされてしまう気がするんです。だからどうか、お願いします」


 吉良と赤子の顔に交互に視線をやると、月岡は片手で頭を掻いて病室のドアを開けた。


「月岡さん、どこへ行くんですか!? まだ話は──」


「うるせぇな。タバコでも吸わないとやってられねぇだろ、こんな仕事。だが、責任は持たねぇぞ。これはあくまでもあやかしの問題だ。最後の最後で責任を果たすのは、吉良。お前の仕事だからな」

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