表に残った事実
「ちょ、ちょっと待ってください。部外者はともかく家族が、両親が知らないなんて。そんなこと──」
「あるのよ」
沙夜子は窓の外へ目を向けたまま言い切った。茶色の髪の隙間から見える瞳が朝陽に似合わない哀しげな色をしている。
「誰にも言えなくて、誰にも知られなくてどうしようもなくなって一人で産むしかなかった事例はたくさんある。赤ちゃんポストってあるでしょ? 産んでも育てられない赤ちゃんの命を救う最後の砦。でも、そこに置いてくることも知らずに思い付かずに臍の緒がついたまま遺棄するなんてことは当たり前にある話なのよ」
沙夜子は小さく息を吐いた。
「そうね。誰か一人でも気づくことができたのなら防ぐことができたかもしれない。だけど、この子の場合は誰も本人の変化に気がつくことがなかった」
「なんで……どうして?」
疑問を呈するも理解することができず、吉良は押し黙ってしまう。わからないはずがない。妊娠なんて傍目から見てもすぐにわかる。何よりあの両親は、娘を大切に思っていた。激昂するほどに、壊れるほどに。それなのに──。
「理由はわからないわ。親子関係はどうだったのか、相手との関係は何だったのか、それらはもう推測するしかないしどうしようもないこと。だけど、彼女はその子を産んだ。そして、餓鬼に取り憑かれて死んだ。それだけが、それだけが表の事実として残ったのよ」
沙夜子は早口で捲し立てると窓へと進み窓ガラスに手を当てた。何も言わずに光に包まれた外の世界を見つめ続けている。代わりに口を開いたのは月岡だ。
「捜査は終了だな。あやかしの怪異は去った。内田紗奈が生きていれば、赤ん坊の件で捜査する必要があったかもしれないが彼女はもういない。あとは、その子をどうするかだが──」
「ちょっと待ってください! そんな簡単に済ませる話なんですか? 母親が死んでしまったんですよ! それも普通の亡くなり方じゃない。何があったのか、真相を確かめる必要があるんじゃないですか? せめてDNA鑑定をして身元をハッキリさせるとか、産んだあとで育てる意志があったのかなかったのか、周りの人は本当に知らなかったのかとか! 月岡さん言ってたじゃないですか! 真相に近づく瞬間が一番面白いんだって! 重要なことじゃないんですか!?」
泣き声が部屋中に響き渡った。また急に大声を出されてびっくりしてしまったのかもしれない。あるいは、感情の昂りを敏感に察知してしまったのか。吉良は声のトーンを落とすと、また体を揺すってなだめさせた。
「吉良。その真相は、誰かのためになるのか」
空気を撫でるように小さく呟かれた言葉が、重たく深く沈んでいく。
「赤ん坊を遺棄した犯人はわかっている。刑法上、それは罪だ。死人に罪を負わせることはできない。償うことはもう叶わないからだ。真相を暴けば償えない罪は誰に向かう? 誰が代償を払う? 巡り巡って傷つくのは、生まれたばかりのその子自身だ」
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