産み落とす

「……愛姫は、人間として生きようとしていました。あやかしという自分自身を偽って人間社会に溶け込もうとしていた。ですが、無理だったんです」


「人間は簡単に差別するからな。それに檻に閉じ込められてもいずれ限界が来る。この子もそうだ。人間は人間だが、出自を知られれば途端に恐怖の対象になってしまう。あやかしと関わっているだけで特別視されるんだからな」


「それは、月岡さん自身もですか?」


 月岡は何も言わなかった。腕を組んで黙って目を瞑り、口の中でまたコロコロと飴玉を転がす。


 ドアが開いた。沙夜子だ。白装束姿からパンツスタイルに衣装を変えたところを見て、吉良は怪異はひとまず収束したのだろうと予想すした。


「待たせたわね! 赤ちゃんは、無事!?」


「……あっ」


 急に大きな音がして起きてしまったのか、ベッドからぐずる泣き声が発せられた。吉良がベッドに向かって白い毛布に包まれた赤子を抱き上げると、腕の中で落ち着いたように手を動かして遊び始めた。


「随分と懐かれたのね」


 沙夜子の口からふふっ、と笑みが零れた。


「でも、もっと懐く前に話を進めないといけないわ。その子をどうするのかは、簡単には決められない」


「施設に預けるほかないんじゃないか? 幸い今なら記憶も定着しないだろう。出自は隠して成長すれば、並みの大人にはきっとなる」


 吉良が頭を撫でると気持ちいいのか楽しいのか、「あっ、あっ」と嬉しそうな声が上がった。吉良の腕を掴もうとしているみたいにまだ上手く扱えない指をもどかしそうに動かしている。


「その前に、教えて下さい。この子を産み落としたのは、やはり内田紗奈なんですか?」


 にわかには信じられない話ではある。少女、とそう表現してしまう程には幼い年齢の人間が赤子を身籠り、産んだ。周りに気づかれることなく一人でそっと。


「違和感はずっとあった。内田さんの話、そして吉良のところに来た白坂さんの話を聞いたときにピンと来たのよ」


 ベッド脇に腰を掛けると、沙夜子は窓の外へと顔を向けた。その視線の先を追うと、どこまでも広がるような青空の下に人の行き交う街並みが広がる。


「『どこかへ行って帰ってきた』。両親も知らなかった。当初、警察も私達も知らなかった。なぜ誰にも言わないで行ったのかと考えたら、誰にも言えない後ろ暗い答えしかないじゃない。あんな人気も無い、道程も遠い、だからこそ呪いの場所に選ばれたような場所に、少女が一人で行く理由なんて数えられるくらいしかない。誰にも相談できなくてどうしようもなくなって、あの場所へ産み落とした。その行為が椿杏の所業と重なり合った末に、あやかしに取り憑かれてしまった。──その結果が今に繋がっているのよ」

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