奇跡
大きく占めた窓に朝陽が一様に降り注いでいた。優しげな陽光がレースカーテンを通り抜けて窓辺を淡く輝かせる。薄暗い病室に和やかな色彩が加わる。
病室にはベッドと付属する棚類以外本当に何も置かれていなかった。前の利用者が忘れていったカレンダーや写真もありはせず、天井や床や壁は全く新しく用意されたかのように静かに光沢を主張していた。
内田紗奈が入院していた、そして亡くなった病室で今、生まれたばかりの赤子が眠っていた。
「かれこれ二時間か?」
「全然起きる素振りがないですね。お腹がいっぱいになって、安心して眠っているのでしょうか」
「だといいがな」
月岡は、口の中で飴玉を転がす。
「柳田は、まだ掛かりそうなのか?」
「何十人と寺に集まっていたようですから、一人ひとりの状態を確認するだけでも相当な時間がかかると思います」
病院に運び込んだあと、すぐに赤子は保護された。体の汚れを綺麗に洗い落とされたあとにはすぐに十分な栄養を与えられ、診察と検査が行われた。
その間中ずっとぐずっていたが、吉良の腕の中に戻ってきたときにはまたピタリと泣き止み、病室に移動している間に深い眠りについてしまった。
担当した医師が言うには、精密検査は当然必要だが、現状では全て異常なし。健康そのものだと言う。そして、こうも付け加えた。こうして生きているのは。
──奇跡、だと。
「雨平から報告があった。あやかしが消滅したのと同時刻、餓鬼憑きの症状が一気に消えたらしい。奇跡だとか、いつになくはしゃいだ声でほざいてたな」
「初めてあやかしの出現と消失を見たのならそう思ってもおかしくないと思います。無かったものが現れて有ったものが消えていくのだから」
吸い込んだ息を鼻から体の外へと吐き出す。肩の荷は降りて、体は少し軽かった。
「吉良。お前はいつもこれを経験してるのか?」
やけに優しい声が降ってきたせいで、思わず口の端がニヤけてしまった。当然のことながら舌打ちが返ってくる。
「なんだよ」
「いえ、すみません。そうですね。意図があろうともなかろうとも、人間に害をなすあやかしならば封印するか存在を丸ごと消すしかないときもあります。特に今回は、理性のあるあやかしではなかった。話が通じないために、もう沙夜子さんの手を借りるしかありませんでした。あやかしの中には、上手くすれば人間社会と共存できる者もいます。そういうときは話し合いで済むこともあるんですけどね」
「お前の家族がその一例か?」
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