残ったモノ

「まだ声が聞こえるじゃねぇか! どうなってんだ、吉良!」


「わ、わからないですよ。今、確かに沙夜子さんが陣を使ったはずじゃ……」


 焦る二人をよそに沙夜子は声の方へ向かって走っていく。闇深いその先へ。慌てて追いかけた吉良が、足を止めた沙夜子の肩口に覗き込むと、赤子が一人いた。


「あやかしですか?」


 暗くてよく見えないが、血と汚れに塗れた小さな体が床上で手足を動かしながら泣いていた。上手く泳げずにもがいているようにも見える。あやかしでないのは明白だった。あやかしならば不必要な臍の緒がまだ残っていたからだ。


「人間の赤ちゃんよ。吉良、お願い。私、赤ちゃん触ったことないから」


「あっ、はい……」


 吉良はしゃがみ込むと、体の様子を確認しながら慎重に腕を回して赤子を抱きかかえた。


 張り裂けんばかりの泣き声が収まり、何かを欲しているように唇が動く。欲しいものが与えられないからかまだ薄い瞼が上がり、目が僅かに開いた。


 じんわりと熱が腕に伝わってくる。赤子の体はしっかりと温かかった。四肢の欠損はなく、大きな傷のようなものもとりあえずは見当たらなかった。血と汚れは別の何かからつけられたものだ。


「わからないことだらけだ……。さっきのあやかしが人に化けたのか?」


「バカね。そんなわけないでしょ」


 月岡の素朴な疑問に沙夜子の鋭い突っ込みが入る。月岡は舌打ちをするとタバコを取り出し口に咥えた。だが、ライターがないことに気がついたのかまたタバコを戻すと、もう一度舌打ちをする。


「あやかしは化けるだろ」


「確かに化けるモノも多いけどね。この子は違う。ここで産み落とされた人間の赤ちゃんよ」


「産み落とされた? ってことは、おい……まさか」


「そう、あんたが思っている通りの、そのまさかね」


 赤子を抱えたまま、吉良も立ち上がり後ろを向いた。赤子は自分の指を口の中に入れて、吸い始めていた。目は開いたままだが元気がなく、今にも閉じてしまいそうだった。


「──話は後にしてまずは病院へ連れていきましょう。ここで何があったかわかりませんが、急がないとこの子も危ない」


 三人と吉良に抱えられた赤子はすぐに呪われた部屋を出た。部屋を出る直前、誰かに背中を引っ張られるような感触を感じて吉良は一度振り返ったが、何もいないことを再確認して部屋を後にした。

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