大きな赤子
「……そうだ」
赤子なのだ。生まれたばかりの赤子。これからずっと長く生きていくはずだった命。死が何かも理解できていなかっただろう。生の喜びもどこまで実感できていたのかわからない。
ただ泣いて。ただただ泣いて。泣くことしかできないのだ。誰かの助けを求めて泣き続ける。生きるために泣き続ける。
「なんで……」
気が付かなかったのだろうと思った。ヒントはわかりやすく呈示されていた。このあやかしは害意を持って人に取り憑いていたわけではない。
助けてほしいと、生きるために取り憑いていただけだ。消された命を、もう一度取り戻そうと。再び生きたいと。生きるために生きる、生物の持つ根源的な生存本能に従って分裂と増殖とを繰り返していただけだった。
またもや振動が足を絡め取った。ただし今度は転んだわけではなかった。巨大な赤子は、床から引き抜いた腕を自分の目に入るくらい近くへ持ってきてまじまじと観察している。
吉良は眼鏡を上げると、転がった鬼灯を手に取り立ち上がる。月岡と沙夜子の状態を確認すると、誕生したあやかしを改めて見据えた。
大きな赤ん坊だ。真剣に自分の手を眺めていたと思ったら、ぶんぶんと振り回し、今度は近くに落ちていた月岡の拳銃を持とうとして壊してしまっていた。
不思議そうに目を瞬かせると、自分を見ている視線に気がついたのか、吉良と目が合った。他のものと同じように手の中に掴もうと、吉良の全身をすっぽりと包み込むような巨大な手が近づいてきた。捕まれば拳銃と同じような運命を辿るのは必至だろう。
「……僕には戦う力は無い。だけど、あやかしのことを、君のことを理解する力は、もしかしたらほんの少しでも、あるかもしれない」
鬼灯には毒がある。一方で鬼灯には魔除けの力もあると言われている。前者は事実で後者はあくまでも言い伝えだ。それでも、吉良は手の中に収めた鬼灯を握り潰すと、右手を伸ばした。あやかしと吉良の二人の手が触れ合う。
温かかった。柔らかかった。人間の赤子と何ら変わることのない温度を持っていた。だからこそ、吉良の瞳から二筋の涙が零れた。
「……ごめん、ごめんね」
何に対する謝罪なのかわからないまま。涙が止めどなく溢れ出てくる。やがて鼻を啜り、喉から声が絞り出される。
真似をしたかったのだろう。あやかしは真っ平らな顔に口を一つ作った。だが、その口は泣き声ではなく笑い声を作った。存分に生を楽しむような無邪気な笑い声を。
白装束が吉良の真横を通り過ぎていく。たなびく茶色の髪が吉良とあやかしの間に割って入った。
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