鬼灯

 突如として暗闇に出現した小円は、病院で沙夜子の陣の力によって現れたときとは違って、歪みのない綺麗な円になっていた。


 形が変わることはなく、鼓動に合わせて分裂と膨張を進めていく。瞬く間に。文字通り瞬く間に円が連なり別の形を導き出した。頭だ。それに胴体、手足が続き、顔が形成されていく。


 吉良は、呼吸を沈めながらその様子をつぶさに見ていた。円から発せられる眩しい白色光が汚れた眼鏡のレンズに映り、飛び跳ねるように動き回る。


 見たことがある、と吉良は直感した。この光景をどこかで見たことがある。


 始まりはたった一つの細胞。それが日に日に大きくなっていく。同じように分裂を繰り返し、境目をつくり、一つのまとまった大きな形に成っていく。


 一際大きく鼓動が鳴ると、それはゆっくりと目を開けた。濁りの全くないつぶらな瞳は、ぐるりと回転すると吉良を見下ろした。柱のように太く大きな四肢が床を突き破る。


 振動に耐え切れずに床に転がりながら吉良は全貌を視界に収めた。赤子の形だ。だが、形は赤子でも大きさが違う。火の周りに現れた小さな顔全てが合わさったように巨大で歪な姿をしていた。


 世界と自分との境界を置くように、輪郭は結ばれているものの体は光り輝いていた。一方で目以外の器官が未発達なのか鼻も口も耳もまだ配置されていない。のっぺらぼうのように平らな顔面に大きな目が二つ、ついていた。動きもままならないのか、床を突き破った手足が引き抜けずに体が傾いていく。簡単に言えば、転びそうになっている。


 手足の連携と制御がまだ上手くいっていないことは明らかだった。神経回路が結ばれていないのだろう。図体の割には未熟。あまりにもまだ未熟過ぎた。そんなところも生まれたばかりの赤子にそっくりだ。


「……餓鬼なんかじゃない」


 生まれる過程は餓鬼憑きだったのだろう。椿の思いが反映されたあやかしだ。しかし生まれたのは、形に成ったものは餓鬼ではなく全く新しいあやかし。形成の途中で何が起きたのかは不明だが、眩いばかりの光は吉良には生命そのものに感じられた。


 あやかしが動く度に繰り返す振動から身体を支えるために、吉良は両手を床についた。その拍子にズボンのポケットから一粒、何かが飛び出した。コロコロと揺れる床上を転がっていくのは、表皮がしわくちゃの橙色の果実。


 鬼灯だ。

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