泣き声が集う場所

「おい、起きろ!」


 耳に飛び込んできた月岡の声に目を覚ますと、体が激しく揺さぶられていた。頭に響く衝撃が一気に現実を思い出させてくれる。


「すみません、気を失って。何が、どうなったんですか?」


「わからねぇよ。泣き声が聞こえて戻ってきたら、お前が倒れていたんだ。とりあえず立て」


 差し出された手を掴むとぐいっと思い切り引っ張られて半ば無理矢理立ち上がらされる。倒れたときに痛めたのか、右足が悲鳴を上げた。


「大丈夫か?」


「……大丈夫です。それより沙夜子さんは?」


 沙夜子の声は聞こえなかった。階段にもフロアにも、見渡す限りは白装束の姿が見当たらない。


「いやまて、お前が知ってるんじゃねぇのか?」


「え……」


「二階の廊下から階段を降りてくるまでの間に柳田とはすれ違っていない。だからお前を起こしたあとに場所を聞こうと思ったんだが」


「すれ違っていない? そんな……。沙夜子さんのことだから気絶した僕を放って先に向かったとしても、二階にいた月岡さんに会わないわけがない。本当にいなかったんですか? 見落としてしまったとか」


「見落とすと思うか? この暗闇の中であんな白い服を」


「だとしたら──」


 泣き声が聞こえた気がした。朧気ながらも今見ていた夢のことを思い出す。赤子の泣き声だ。


「……月岡さん」


「なんだ?」


「水子霊にとって親和性が高いモノは女性だって話をしていましたよね。なぜ女性ばかり取り憑かれるのかと話しているときに」


「! おい、まさか……!」


 月岡よりも早く吉良は飛び出していた。足の痛みなど気にすることなく先の見えない階段を駆け上がる。


 夢の断片が泡のように次々と浮かぶ。あれは赤子の記憶、そして椿の記憶。強く弱く揺れ動く感情が闇を深くし、その中へと落ちていく。闇の底に到達したとき、別の夢となって浮上するのだ。今度はあやかしとなって。


「沙夜子さん!」


 赤子の泣き声が激しさを増していく。もうほとんど泣き叫ぶような声に優希の声が重なった。


 お腹が空いているのか眠いのか、それとも単に機嫌が悪いのかわからなくとも、とにかく助けを求める声。


 側に寄り添い、助けてくれる存在を求める声。その声を追って、吉良は深い闇の中を進んだ。


 無数の泣き声。増殖したあやかし。もし、ここに集まる餓鬼が全て沙夜子さんに取り憑いたとしたら。


「どうした!?」


 急に立ち止まった吉良にぶつかりそうになった月岡は驚いたように声を上げた。


「ここだ。声がこの部屋の中から聞こえてきます」


 暗闇の中にぼうっと両扉の輪郭が現れた。焼け焦げた跡が色濃く残る扉に手を掛け力を込めると、軋んだ音を轟かせながら扉がゆっくりと開いていく。

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