醒めるように鮮明な夢

 夢を見ていた。少なくとも吉良にはそう認識された。目の前に広がるのはどれもセピア色で構築されていて、現実味がない。


 記憶を探っている可能性も考えたが、見たこともない景色が連なり、夢なのだろうなと頭のどこかが実感していた。


 視界いっぱいに拡大されたのは何かの顔なのだろう。何かがわからないのだから個と他を区別するためのアイコンとしての顔の機能は果たされていないが、不思議と目が離せないでいた。


 その何かには二つの瞳と一つの鼻、そして一つの口がついていた。瞳は緩く閉じており開きそうにない。鼻はむず痒いのかピクピクと動き、開いたままの口は時々何も入っていないのに吸い込むように動いた。目線は決して動くことがなく、変わらず顔を映し続けていた。


 単調でそれでいて飽きることのない映像がいつ終わるともわからないままに続いていく。心の動きは平穏で温かみすら感じ始めていた。


 一方で焦燥感も渦巻いていた。自分の中の一部が、何かを思い出そうと訴えかけている気がする。見たことがない顔のはずなのに見覚えもある。とうに忘れてしまったが、昔に嗅いでいたはずの懐かしい匂いに浸っているような感覚。


 匂いだ。花の香りがどこかから漂ってくる。


 気がついたときには顔が消えていた。代わりに現れたのは赤い花。見覚えのある花。でもまた何かがわからない。花は、くるくると回転する度に花弁を一枚一枚落としていき、やがて溶け込むように暗闇に消えていった。


 視界が動き始める。落ちていく。どこまでも落ちていく。ゆるりゆるりと落ちていく。暗闇はどこまでも深く続いていた。底は無いのだと体が理解していた。このままどこまでも落ちていくのだろう。落ち着く心と反対に焦りが足元から徐々に全身を覆っていく。


 喉元まで来たところだ。音が聞こえた。か細い何かの音に誘われるように体から沸々と沸き上がってくるものがある。


 反面、心はさらに静かに。まるで波間に据え置かれたよう。音に合わせて激しいリズムと穏やかなリズムが行ったり来たり押し寄せる。


 歓びも哀しみも怒りも楽しさも、希望も悔恨も絶望も、あらゆる感情が衝動が押し寄せて体がバラバラに引き裂かれ千切られ、また混ぜ合わされる。


 深まるばかりの闇の中を大きく息を吸って潜っていく。闇に底は無い。だけど底に辿り着けたのなら、転じることができるかもしれない。向かうことができるかもしれない。浮かぶことができるかもしれない。


 醒めるように鮮明な次の夢へ。

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