生と死の皮肉
沙夜子は後ろを振り向くと、月岡とそして吉良の顔を交互に見た。
「めんどくさいが、ここで止めなきゃいけないわけだな」
「……そうですね。これ以上、犠牲は増やしたくない。沙夜子さん、問題はこの廃病院のどこの部屋を儀式に使ったかということですが──」
「私だったら迷うことなく分娩室を使う。死んでいったのはまだ言葉を話すことも歩くこともできない本当に小さな赤ちゃんだったんでしょ? だったらこの世に生まれ落ちた場所が一番祓えそうな気がするもの」
「やっぱりそう……ですよね」
生まれた場所に死んだ者を連れて行く。これ以上の皮肉があるだろうか。そして、また生まれようとしているのだ。今度はあやかしとして、生まれようとしているのだ。
沙夜子のキッとした視線が吉良に突き刺さった。
「なに? なんだか歯切れが悪いわね」
目の前には猫のように透き通った瞳があった。反射的に後ろへと下がる。
「ち、近いですよ」
「暗闇であんたの顔がよく見えないから。この期に及んでまた何か考えてるんじゃないの?」
「何もないですよ。何もない。沙夜子さん時間がないんです。早く、場所を特定しないと」
急かされても沙夜子はじっと吉良を見つめていた。改めて思う。強い瞳だ。視線がぶつかることも厭わない真っ直ぐで力強い瞳。憧れでもあるし頼りにもなる。だけどときどき、痛くもあった。
「そうね。探さないと」
真っ白な袖が弧を描くように舞い、沙夜子の身が翻った。
「分娩室は二階じゃねぇのか? 病院の構造を考えれば、一階はこのだだっ広いホールに受付、診察室と待合室だけだ。診療以外は上だろ。まあ、ここが普通の病院であればだけどな」
月岡が階段に向けて走り始めた。一歩遅れて沙夜子と吉良も手探りで安全を確認しながら足を急がせる。
「階段は崩れてるところがあるから気をつけてください」
「あいつ、何なのよ。さっきまで怯えていたのに急に走り出して」
「動物的勘が優れているんでしょうか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます