第57話 邂逅
明け方まで居座ったウィルをシリルにありがたく引き渡した後、アランは王宮の内務府へ出かけた。
エドモンと直接話せるかどうかはわからなかったが、ソロンの名代ということもあり、しばらく待った後で長官室へ通された。
書庫に関する調査報告書を提出して事務的な会話のやり取りを行った後、秘書官に退室を促されそうになったので、アランは思いきって話しかけた。
「父上」
すでに次の書類に目を通し始めていたエドモンだったが、顔を上げると、じろりとアランに目を向けた。
批判的なまなざしにひるみかけたが、アランはめげなかった。
「学術院の論文審査に合格しました。助師として研鑽を積み、その先を目指したいと思います。どうしても直接報告したかったので。お時間を取ってしまい申し訳ありません。失礼します」
アランはすぐに部屋を出ていこうとした。
「アラン」
振り返ると、エドモンと目が合った。
「今の話、クロエとデュークにも伝えてあげなさい。二人とも、とても心配していたから」
エドモンはすぐに書類へ視線を戻した。
アランは黙って頭を下げると、政庁の建物を出た。
大仕事を終えた気分で歩いていると、道の向こうからやってきたエレノアと偶然出くわした。
「とんだ災難だったな。大丈夫だったか?」
「はい。連行された時は驚きましたが、檻の中にいるだけで食事もきちんと提供されて、とても快適でした。夜も暖かくて過ごしやすかったです」
気になる点はあるが、本人の言葉どおり体調は問題なさそうである。
「とりあえず無事で何よりだ」
「ありがとうございます。王様の悪ふざけに気づいたせいで捕まったのかと思っていましたが、私が夜な夜な歩き回っていたのがいけなかったそうです。不必要に出歩くなと、お役人様に数日ずっと叱られました。そんなに駄目なことだったんでしょうか? 勤務時間外だったのに」
「…………」
なぜかアランは夜な夜な王宮を歩き回る亡霊の噂話を思い出していた。
「ちなみにどうして歩き回ってたんだ? しかもわざわざ夜の時間に。以前書庫で会った時は、火の玉の噂を確かめたいと言っていたが、それと何か関係があるのか?」
エレノアは少しためらった後、ぽつりとしゃべった。
「火の玉は人魂に通じます。この王宮は霊威が強い場所にあるので、さまよえる魂が現れたのかもしれないと思ったんです」
まさかエレノアは縁者の魂を探し求めて、夜な夜な歩き回っていたのだろうか。
けれどアランはそれを口に出して尋ねることはできなかった。
そして昨日も考えたことが、再び胸に重くのしかかってきた。
何も伝えないほうが本人にとっていいのではないか、と思っていた。
けれど今のエレノアの話を聞いた後では、どんな些細なことでも知りたいのではないだろうか、という考えに心が傾きかけていた。
「エレノア。話せば長くなるんだが」
迷いながら口を開いたアランだったが、エレノアはそんなアランには気づかず、あらぬ方向を見ていた。
「アランさん、あれ」
エレノアの視線をたどると、道の先に、ローブを羽織った人物がにわかに立っていた。
フードを目深にかぶっているせいで顔はよく見えなかったが、昼間だというのに、それこそ亡霊にでも遭遇したような寒気に襲われ、アランはぞっとした。
「あら、あなた。まだその魔物に魅入られていたのね。せっかく忠告してあげたのに」
そんな声がした次の瞬間、離れて立っていたはずのローブの人物が、アランとエレノアのすぐ目の前に移動していた。
驚きのあまり微動だにできずにいると、ローブの人物はかぶっていたフードをゆっくりと外した。
現れたのは、黒い髑髏の仮面。
「おまえっ……」
エレノアは声を震わせたが、次の言葉が続かないようだった。
「久しぶり。よく生きてたわね」
黒い髑髏はニィと嗤った。
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