第56話 残された課題
アランは書庫に関する調査報告書を完成させると、学術院を訪れてソロンに提出した。
報告書に目を通し、今回の顛末についてアランから話を聞き終えたソロンは、深いため息をついた。
「そうか……地下に残っていた禁書も燃えてしまったか……」
「申し訳ありません、先生。自分がためらわずもっと早く先生に報告していれば」
「仕方あるまい。誰にも話すなという王命だったのだから」
「ですがっ……」
アランは膝に置いた手をぎゅっと握りしめた。
「悔いも失敗もない人生なんてありえない。もしどちらも経験したことがないとすれば、そんなものは人生とは呼べない。大事なのは、今抱えている悔しさをこれから先どう活かしていくのか、だよ」
そう言って、ソロンは一枚の紙面をアランに差し出した。
受け取ったアランは、目を見開いた。
「おめでとう。今日から君はこの学術院の助士の資格を得た。ここから先は終わりのない孤独で険しい道のりだ。決めるのはよく考えてからで構わない。君には他にも選択肢が用意されているだろうから」
「たとえ険しいとしても、私は自分で選んだ道を歩いていきたいと思います」
アランの答えを聞いて、ソロンは破顔した。
「そうか。それじゃあ最初の仕事だ。まとめてくれたこの調査報告書は、君が私の名代として内務府に直接提出しに行きなさい。その時、お父上に今後の進路についてもきちんと報告するように。選べるようにと人生の選択肢をこれまでたくさん用意してくださっていたのだから」
ソロンの言葉にアランは息をのんだ。
「はい」
自分で選んだ、と軽々しく口にしたのは傲慢だったと反省していると、ソロンはアランの心を見通したように微笑を浮かべた。
学術院から帰ってくると、夕方ウィルが酒を持参して訪ねてきた。
「今日は君と飲みたいと思ってね」
ウィルは二階の書斎に勝手に入ってきてそう言った。
「じゃあグエルに頼んで軽くつまめる物を用意してもらおう」
「アラン、そんな堅いことを言わずに……え、今なんて言ったの?」
「酒の肴を用意すると言った。まさかすきっ腹で飲むつもりだったのか? 体に悪いぞ」
「そうじゃなくて! 君が素直に酒を飲むことに同意してくれるなんて。何かあったのかい?」
ウィルが心底心配そうに尋ねてきたので、アランはやっぱり追い返そうかと思った。
「……論文審査に合格した」
「おめでとう! そうか、よかったねぇ。でももうちょっと嬉しそうにしたらどうだい。いや、照れてるのかな。まあとにかく今夜は祝杯だ」
ウィルは棚からグラスを二つ取り出した。
そんな物がしまってあったことすらアランは知らなかったが、ウィルの動作はよどみなかった。
つっこむのも面倒なのでアランが黙ってテーブルの上を片づけていると、ウィルが急に声をあげた。
「そうだ、僕も大事なお知らせがあるんだった。エレノアちゃん、内務府の取り調べから解放されたみたいだよ」
「おまっ…そういうことは早く言え!」
「ごめん、ごめん。君の朗報にすっかり気を取られて。って、どうしたの、コートを手に取って。まさかこれから出かけるつもりかい?」
「そうだ。確かめてくる」
「落ち着いて。今から行っても王宮の門は閉まってる。中には入れないよ」
そう言われ、アランは少し冷静になった。
「心配しなくても大丈夫だって。連れていかれたんじゃなくて、解放されたんだから。ちゃんとマーサたちが気を配って面倒を見てくれているはずさ。無理に押しかけてもエレノアちゃんを疲れさせるだけだろうし」
ウィルの言葉に、アランは渋々うなずいた。
今のはウィルが正しい。
ウィルはアランをしげしげと見つめた。
「君はエレノアちゃんのことになると、少し冷静じゃなくなるね。なんだかんだで面倒見がいいのは知っているから、エレノアちゃんのことを気にかけるのはそのせいかなと思っていたんだけど。でも理由はそれだけでもなさそうだ」
アランは返事に困った。
もしアランがエレノアのことを気にかけているように見えるのだとすれば、それはエレノアが負っている過去のせいだ。
けれどそれについて勝手にアランの口から話すことはできない。
「別に理由なんてない」
けれどウィルはアランの答えに納得していない様子だった。
「まぁ人から指摘されないと気づかない感情ってあるからね」
「どうしたんだ、ウィル。おまえ、今日はいつもよりさらに変だぞ」
「そうかい? ふふふ……こんなに完璧な僕でも、悩みはつきないってことさ。さぁ、こういう時こそ飲もう!」
ウィルはぐいと酒を飲み干すと、自分だけでなくアランのグラスにも酒をつぎ足した。
ウィルはすぐにいつもの調子に戻ったが、アランはウィルに気づかれないよう、ちらりと机に視線をやった。
そこには大量の本や書類と一緒に、カメリアから届いた手紙が置かれている。
今回アランが知り得たことについて、エレノアには全部伝えるべきなのだろうか。
アランは迷っていた。
何も伝えないほうが、かえって彼女のためにはいいのではないか。
いたずらに復讐心や苦しみを煽ることになるのは、アランの本意ではなかった。
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