第55話 王の種明かし
侍従長が地下室で火を放ってから三日後。
玉座の間で、ジェイドがジェラールに報告を行っていた。
「配管から送水して地下の消火活動はどうにか終わりました。地下水、井戸水、池の水をありったけ使用したせいで、庭師たちはカンカンです。それから内務府で拘束していた役人と女官の二名を先ほど解放しました。こちらもロシュフォールド長官が『約束していた拘束期間より長すぎる』とお怒りでした」
ジェイドの報告に、ジェラールは渋面になった。
「相変わらずの石頭だな。万が一オズワルドに目をつけられないようにと二人とも安全な場所に入れておいただけだろうが。融通がきかなすぎる」
「職務の規律に忠実な方ですから。得難い方です」
「鬼の隊長も昔なじみには点が甘いようだな」
「私が雪原要塞に赴任していた十年の間で、実際に現場へ査察にいらっしゃった文官はあの方だけでした」
「わかっている。ただ女官のほうは妙に勘が鋭かったからな。捨て置けば、勝手に何事かしでかしそうな雰囲気があった」
ここで、ずっと黙ってジェラールのそばに控えていたウィルが興味深そうに口を開いた。
「私もその女官のことは個人的に知っておりますが、勘が鋭いとは存じませんでした。陛下にそんなふうに言わせるとは、なかなかたいしたものですね」
「気になるか、ウィリアム。ロシュフォールドの息子と一緒にあれこれ嗅ぎまわっていたようだしな」
どうやらジェラールには動向が筒抜けだったらしいが、今さら驚くことでもないので、ウィルは悪びれずに笑顔を向けた。
「ふん。その面の皮の厚さはマリアンヌ譲りだな。まぁいい。発端はおまえが言い出した仮面舞踏会だから特別に教えてやる」
「仮面舞踏会? 王女様の誕生祝いですか?」
「そうだ。例の女官が声をあげて、ロザモンドが飛び蹴りをしただろう」
「はい」
そう答えながら、ウィルは内心でふと首をひねった。
あの舞踏会にジェラールは姿を現さなかったはずだが、どうしてその話を知っているのだろう。
こんな些末な話題をジェイドやロザモンドがわざわざ王に報告するとも思えない。
「ロザモンドが飛び蹴りした相手が、この俺だ」
「はい?」
ジェラールの衝撃の一言に、ウィルは目が点になった。
「ロザモンドと違っておまえは勘が悪くないから、もしかしたら承知の上で黙っているのかと思っていたが、やはり気づいてなかったのか。あの時は薬を飲んで声も一時的に変えていたしな」
ウィルの反応に気をよくしたのか、ジェラールは満足そうに人の悪い笑みを浮かべていたが、ふと思い出したようにジェイドに目を向けた。
「おまえは取り調べの部屋に入ってきた時、一目で俺だと見抜いていたな? 下手な芝居で慌てて俺に調子を合わせていたしな。完璧に変装できていたと思ったんだが、どうしてわかった」
「武人の端くれですので。体の骨格と筋肉を見ればすぐに」
「さすがだな。ロザモンドはちっとも気づいてなかったが。あいつは本当に俺の娘なのか時々疑いそうになる。鈍すぎるだろうが。俺の顔面に飛び蹴りした上、向かい合って話もしたのにな。仮面舞踏会と聞いて、髑髏仮面でパラミア派の残党でも釣り上げてやろうかと思ったのに、散々だった」
ウィルもジェイドも、王の言葉を黙ってやり過ごすしかなかった。
そういえば舞踏会の後、しばらくジェラールが公務を休んでいた時期があった。
ウィルも近くで見ていたが、ロザモンドのあの蹴りをまともに食らったとなると、顔は相当腫れたはずだ。
知らないほうが幸せとは、まさにこのこと。
面の皮が厚いと先ほど言われたばかりのウィルでも、考えただけで青くなってくる。
ウィルは無理やり話題を変えようとした。
「……そういえば王女様は巡察に行かれているのでしたね」
「ようやく撒き餌にかかりそうになった獲物を捕獲しようという時に、じゃじゃ馬に狩場を荒らされてはたまらんからな。同じ轍を踏まないように遠くへ追いやった。そういえばロザモンドはまだ巡察に行ってるのか?」
ジェイドは「はい」とうなずいた。
「もう片がついたから呼び戻していい、と言いたいところだが、せっかくの機会だ。しばらくそのままやらせておけ」
「かしこまりました」
ジェイドは一礼して玉座の間を退室した。
残ったウィルは、ジェラールに気になっていたことを質問した。
「やはり地方巡察は王女様を王宮から遠ざけるための名目でしたか」
「なんだウィリアム。気づいていたのか。やはり勘は悪くないようだな。ロザモンドの補佐がそろそろ必要だが、興味はあるか? おまえの身分なら別に婿でもいいが」
「私ですか? ご冗談を。従兄妹ですよ」
「別に構わんだろう。兄と妹ならさすがに認められんが。問題があるとすればマリアンヌがやかましそうな点だが、王命なら逆らいはしないだろう」
「私には過分なお申し出かと。それに王女様にだって胸に秘めた想い人がいらっしゃるかもしれませんし」
「ロシュフォールドの息子のことか? あれは恋心というより、たんになついているだけのように見えるがな。それにロシュフォールドの息子はロザモンドの守役にはまるで興味がなさそうだぞ」
「陛下。僭越ながら私にとっても王女様はかわいい妹分ですよ」
「そうなのか? てっきり『ロザリー』のことを好いているのかと思っていたが」
ウィルは笑顔のまま、息が止まりそうになった。
「……まあいい。だがうつけを演じすぎて本当のうつけにはなるなよ。『リアム』殿」
ウィルは辛うじて笑顔のまま頭を下げると、即座に王の前から退散した。
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