第45話 地下室の最後

侍従長がアランに向けた銃の引き金を引き絞ろうとした瞬間、アランの背後で扉が勢いよく開き、大勢の兵士たちが部屋の中になだれ込んできた。


兵士に囲まれて体を取り押さえられた侍従長は、あっけなく銃と松明を取り上げられて床に膝をついた。


「ついに本性を現したな、オズワルド」


ジェラール王が扉から現れ、アランの横を通って侍従長の前に立った。


王の後ろにはジェイド隊長が付き従っている。


侍従長はジェラールの出現に驚いたようだったが、すぐに平時の表情を浮かべた。


「陛下……これはいったいどういうことでしょうか」


「十六年前に駆除し損ねた害虫退治だ。だいぶ手こずらせてくれたな」


「なんのお話しでしょう」


ジェラールは冷笑した。


アランが何も知らなければ、侍従長のほうこそ、あらぬ言いがかりに戸惑いを覚える無実の人間だと思ったことだろう。


「さすがの面の皮の厚さだな。パラミア信者の異端かぶれでなければ、間者に仕立てて他国に送り込んでるところだ」


ジェラールの言葉を聞いて侍従長はしばし無言だったが、そのうち諦めたように小さく吐息をもらした。


「まさか即位した時からずっと私のことをお疑いだったのですか?」


「いや、気づいたのはつい最近だ。このロシュフォールド息子がこの部屋に迷い込んできた時、外に出られるようにジェイドに書庫の扉を開けるよう命じたことがあったが、おまえが先に鍵を開けて出してやっていた、と報告を受けてな。はっきりと疑いを持ったのはそれからだ」


アランは瞠目した。


てっきり、侍従長が王の命令で自分のことを外に出してくれたのだとばかり思っていたが、事実は違ったらしい。


あの時、侍従長とアランが一緒にいるのを見たジェイドは、たいそう戸惑ったことだろう。


侍従長は「そうでしたか」とつぶやくと、それきり口をつぐんだ。


「連れていけ。徹底的に取り調べて洗いざらい吐かせろ」


ジェラールの命令に、ジェイドが「はっ」と答え、部下の兵士に合図を送った。


兵士たちは侍従長の体を引っ立て、侍従長はそれにおとなしく従うかに見えたが、片側にいた兵士にいきなり体当たりすると、近くにいた兵士の一人から松明を無理やり奪い取った。


あっという間の出来事だった。


「来るなっ」


奪った松明を振りかざしながら、侍従長は誰もいない壁側へと後退した。


兵士たちの間に緊張感が走る。


ジェイドが大きく舌打ちする音がアランの耳にも届いた。


「侍従長。無駄なあがきはやめてください。多勢に無勢です。そんなことをしても意味はない」


ジェイドは説得しようとしたが、侍従長は耳を貸す気はなさそうだった。


実験道具の置かれているテーブルから、液体の入った瓶をつかみ取ると、中身を頭から浴びた。


部屋中に、強いアルコール臭が広がった。


侍従長の様子が普段通りなのが、かえって何をしでかすかわからない空恐ろしさを兵士たちに与えていた。


「オズワルド。火だるまになるつもりか」


ジェラールがあきれたような声を出した。


「パラミア尊師の御業を信じぬ輩どもの手に落ちるわけにはまいりませんので」


「まさかおまえがそこまであの女に入れ込んでいたとはな」


「パラミア尊師がお示しくださった数々の奇跡の前では、王の権威などしょせん今生限りの幻に過ぎません。私は、あなたの処罰を恐れて翻意した連中とは違います。今でもこの目に焼き付いているのですよ。あのご尊顔、素晴らしい瞳の輝きが……。尊師への忠誠を貫き通せば、きっと私は永遠の楽土に迎え入れられるでしょう」


侍従長は夢見るようにそう言うと、自分の足元に松明を落とした。


頭から体を伝って滴っていたアルコールに火がつき、またたくまに侍従長の体が火に包まれる。


「陛下っ、お下がりくださいっ。すぐに避難を」


ジェイドがジェラールの体を無理やり引っ張って、扉のほうへと押しやった。


侍従長がたけり狂ったように笑い声をあげた。


書庫につながっているもう一方の扉を兵士たちが急いで封鎖し、玉座の間につながるほうの扉から一斉に退却しようとする。


アランは部屋に残されている本の山々に目を向けたが、退却する兵士たちの流れに巻き込まれ、部屋の外から細長い通路へと押し出された。


そのすぐ後に扉の閉まる重たい音がして、侍従長の笑い声が炎と共に消えていった。

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