第54話 地下室の最後

侍従長がアランに向けた銃の引き金を引き絞ろうとした瞬間、部屋の両側の扉が勢いよく開き、大勢の兵士たちがなだれ込んできた。


兵士に囲まれ体を取り押さえられた侍従長は、あっけなく銃と松明を取り上げられて床に膝をついた。


「ついに本性を現したな、オズワルド」


ジェラールが最後に現れ、侍従長の前に立った。


王のそばにはジェイド隊長がつき従っている。


侍従長はジェラールの出現に驚いた様子だったが、すぐに落ち着きを取り戻した。


「陛下……これはいったいどういうことでしょうか」


「ずっと駆除し損ねていた害虫の退治だ。だいぶ手こずらせてくれたな」


「なんのお話でしょう」


ジェラールは冷笑した。


「さすがの面の皮の厚さだな。異端かぶれのパラミア信者でなければ、間者に仕立てて他国に送り込んでいるところだ」


侍従長はしばし無言だったが、そのうち諦めたように小さく吐息をもらした。


「まさか即位してからずっと私のことをお疑いだったのですか?」


「いや、気づいたのはつい最近だ。ロシュフォールドの息子がこの部屋に迷い込んできた時、ジェイドに書庫の扉を開けて外へ出してやるよう命じたことがあったが、その時おまえが先にいたと報告を受けてな。はっきりと疑いを持ったのはそれからだ」


アランは瞠目した。


鍵を開けに来てくれたのはジェイドのほうだったのか。


あの時、侍従長とアランが一緒にいるのを見たジェイドは、たいそう戸惑ったことだろう。


侍従長は「そうでしたか」とつぶやくと、それきり口をつぐんだ。


「連れていけ。徹底的に調べて洗いざらい吐かせろ」


ジェラールの命令に、ジェイドが「はっ」と答え、控えていた兵士たちに合図を送った。


侍従長はおとなしく従うかに見えたが、隣の兵士にいきなり体当たりして松明を奪い取った。


あっという間の出来事だった。


「来るなっ」


奪った松明を振りかざしながら、侍従長は誰もいない壁際へと後退した。


兵士たちの間に緊張が走る。


「侍従長。無駄なあがきはやめてください。多勢に無勢です。そんなことをしても意味はない」


ジェイドは説得しようとしたが、侍従長には耳を貸す気はなさそうだった。


実験道具の置かれているテーブルから液体の入った瓶をつかみ取ると、中身を頭に浴びせた。


部屋中に強いアルコール臭が広がっていく。


アランの耳にも届くほどジェイドが大きな舌打ちをした。


「オズワルド。火だるまになるつもりか」


ジェラールがあきれたような声を出した。


「パラミア尊師を信じない不敬な輩どもの手に落ちるわけにはまいりませんので」


「おまえがそこまであの女に入れ込んでいたとはな」


「パラミア尊師が起こした数々の奇跡の前では、王の権威など今生限りの幻に過ぎません。私はあなたの処罰を恐れて翻意した連中とは違うのですよ。あのご尊顔、あの素晴らしい瞳の輝き……今でもはっきりとこの目に焼きついている。尊師への忠誠を貫けば、きっと私は永遠の楽土に迎え入れられることでしょう」


侍従長は夢見るようにそう言うと、自分の足元に松明を落とした。


アルコールに火がつき、一瞬で侍従長の体は火に包まれた。


「陛下っ、お下がりくださいっ。すぐに避難をっ」


ジェイドがジェラールの体を無理やり自分の背後へと押しやった。


侍従長がたけり狂ったように笑い声をあげている。


兵士たちは書庫側の扉を急いで閉じると、もう一方の玉座の間につながる扉から一斉に退却を始めた。


アランは部屋に残されている本の山に目を向けたが、人の流れで強制的に部屋の外へと押し出された。


最後の兵士が退却すると扉はすぐに閉じられ、侍従長の哄笑は炎と共に消えていった。

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