第44話 氷解した謎
夕方、王宮へ再び戻ってきたアランは、書庫の中から地下の隠し部屋に向かった。
置かれっぱなしになっていたランプに火をつけて灯りをともし、テーブルの上の実験道具や、壁際に積み上げられた本を丁寧に見て回った。
女主人から受け取った手紙には、晩年のレオナール王は死の恐怖に取りつかれ、何度もパラミアに儀式を行わせた、と書かれていた。
パラミアが得意としたとされる魔術や呪法は、現在『異端』の思想や知識として扱われているが、それが研究対象としている分野の一つに、『不老石』の生成がある。
不老石とは、どんな病や怪我でも治せる霊薬の材料とされ、その偉大な力は卑金属を貴金属に変えることができるとも言われている。
過去に何人もの人間が生成に挑み、挫折し、ついには空想の産物とされた超物質。
それをレオナール王が欲し、パラミアに命じて我が物にしようとしていたのだとしたら。
アランの立っているこの場所は、かつて神秘のヴェールをまとった実験室だった可能性がある。
思考のピースを組み立てるのに夢中になっていたアランは、扉の蝶番がきしる音がして、反射的にそちらへ顔を向けた。
赤々とした小ぶりの炎が宙に浮かんでいるのを見て、アランはぎょっとして体を硬直させた。
「おや、驚かせてしまいましたかね」
そう聞こえたので、じっと暗闇に目を凝らすと、見知った顔が炎に照らされて現れた。
「侍従長……?」
しかし侍従長はアランを見てはいなかった。
呆然と、そしてどこか恍惚とした表情で部屋の中を見回している。
松明を手にした侍従長はアランの横を通り過ぎていくと、床に置かれた物入の箱に目を止めて、膝をついた。
髑髏仮面とローブが入った箱である。
ふたを開けて箱の中身を凝視する侍従長の姿は、以前この部屋を訪れた時のエレノアを思い出させた。
普段とは様子が違って見える。
「侍従長」
強めの語調で呼びかけると、侍従長はようやくアランのほうを見た。
「侍従長。なぜこんな所にいらっしゃるのですか」
アランがそう尋ねると、侍従長は一瞬だけ虚をつかれたような顔をした後、満面の笑みを浮かべた。
「ずっと探していたのですよ、この場所を。以前、書庫の入り口で鉢合わせた時があったでしょう。もしやと思い、それからあなたの動向には注意を払っていました。そうしたら先ほど書庫に慌てて入っていくのをお見かけしたものですから。こうして追いかけてきてしまいました。いやはや、連れてきていただいて感謝します」
侍従長と書庫の入り口で遭遇した時のことはアランも覚えている。
あの時はエレノアと書庫に閉じ込められ、この隠し部屋を見つけた直後だった。
てっきり侍従長は王に命じられて書庫の鍵を開けにきたのだとばかり思っていたが、それは思い込みだったのかもしれない。
アランの中で警笛が鳴った。
「どうしてこの場所を探していたんですか」
できるだけ何気ない口ぶりで尋ねながら、アランは侍従長から少し距離を取った。
侍従長はアランの挙動に気づいた気配はなく、壁際の本の山に目を向けていた。
「昔、検閲局で本の取り締まりをしていたことがありましてね。パラミア尊師は己の御業が外部に流出しないよう、常に注意を払っていました。少しでも秘術に関する記述のある本は禁書に指定して、人々の目から遠ざけることさえした。木を隠すなら森の中に。うまいやり方です。まさか書庫からこんなふうに直接運びだしていたとは思いもしませんでしたが。当時の私はまだそれほど地位も高くなく、パラミア派の中枢に食い込むことができなかった」
松明の炎が揺らめき、侍従長の顔を照らしていたが、アランの頭の中である奇妙な考えが不意に浮かんだ。
「ずっとこの場所を探していた、と言っていましたが、火の玉の噂の正体は、あなたが歩き回っていた時の灯りですか」
侍従長は手にしていた松明に目を向けると、首をすくめてみせた。
「噂なんて人がそれぞれ好き勝手に言ってるだけでしょうから、私にはなんとも。でもそうですね、噂好きの人間の中には、特に熱心にその噂を触れ回ったり、噂の真相を突き止めようと躍起になって嗅ぎまわったりする連中がおります。そういう素行に問題がある人間が最近何名かいたようですので、その者たちについては内務府に告発しておきました。もちろん匿名の投書で、ですが」
アランは目を見開いた。
「まさかこの前の内務府の抜き打ち検査は、そのせいですか」
侍従長はただ微笑むだけだった。
内務府に連れていかれた二人のうち、一人はここ最近ずっと同僚に『人魂が浮いてるのを見た』と食事中に話していたというから、まだわかる。
けれどエレノアについては侍従長に目をつけられた理由がわからなかった。
「エレノアが……王女宮の女官が一人内務府に拘束されましたが、その理由は?」
「さぁ、と申し上げたいところですが、そうですね。あなたはこの場所を見つけてくださったので、特別に聞かせて差し上げましょう。最近、夜になるとローブをかぶった女が王宮内を歩き回っていたのですよ。私の足取りと重なることが多くて、実際に何度か見つかりそうになったこともありました。それが目障りでしてね。しかもその女のせいで、王宮内では新しい噂話まで浮上していました。ご存じありませんか? 夜な夜な王宮を歩き回る亡霊の話」
アランは思わず顔をおおいそうになった。
ローブを着たエレノアが書庫に潜り込んでいたことはあったので、確かに亡霊の噂の正体はエレノアなのかもしれなかった。
そして、侍従長が包み隠さず本音を話したことで、アランの警戒心は急速に高まっていた。
「おっと。アラン様。動かないでください。先ほどから少しずつ後退しようとしていることに、私が気づかなかったとでもお思いですか」
そう言って侍従長は懐から小銃を取り出し、銃口をアランに向けた。
侍従長の顔は普段と同じように笑っている。
アランの背筋に冷たいものが走った。
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