第52話 花の知らせ

食堂を出て道すがら話していたアランとウィルは、そのまま二人で王女宮の侍女頭マーサを訪ねた。


マーサによると、エレノアは内務府に連れていかれたまま、まだ戻ってきていないとのことだった。


「ロザモンド様がご不在の時にこんなことになってしまって……」


責任感が強いのか、マーサは沈痛な面持ちだった。


「心配しなくてもきっと大丈夫だから。すぐにエレノアちゃんもロザリーも帰ってくるよ」


ウィルはことさら明るい調子でマーサをなぐさめたが、あまり効果はなかった。


「ですがウィリアム様。内務府に取り調べられて勾留されるというのは、王宮の使用人にとっては投獄と同義でございます。もしこのまま解放されなかったら」


「先王の御代でもあるまいし、そんな横暴許されるはずないじゃないか。しっかりしろ。勝手に不吉な考えにとらわれて要らぬ心労を増やすもんじゃない」


ウィルはそうたしなめたが、アランはウィルの意見を全面的には肯定できなかった。


地下の隠し部屋でジェラールと話した時、もしアランが隠し部屋のことを口外すれば、王はエレノアの首をはねると口にした。


黙って見過ごせば、今も昔も、権力者の気分一つで人の命はいとも簡単に消し飛んでしまいかねない。


アランは心を決めた。


「俺が内務府の長官に直接話を聞いてくる」


その言葉にマーサはただ驚いている様子だったが、ウィルは心配そうに眉をひそめた。


「そんなことをして大丈夫なのかい、アラン」


アランは黙ってうなずいた。


本当はマーサから話を聞いた時点ですぐにそうすべきだったかもしれないが、エドモンとの関係が悪化するのを恐れてウィルに全面的に委ねてしまっていた。


今回の抜き打ち検査も、それを指示したエドモンの行動も、話を聞いている限り、明らかにどこかおかしい。


今すぐ内務府に乗り込みたいところだったが、あいにくアランは無官の身だ。


エドモンに会わせろと叫んだところで、文字どおり門前払いされるだけだろう。


正攻法とは言い難いが、今晩、アランは本邸に出向いてエドモンに直談判するつもりだった。




エドモンは帰りが遅いので、アランは一度王宮から別邸に戻り、本邸へは夜に出かけることにした。


王女宮を出てその足で別邸に帰ると、留守中に一通の手紙がアランに届いていた。


受け取った時の状況をグエルが説明した。


「花売りの少女が突然やってきたのですが、『この家の若旦那様に』とだけ言って、呼び止める間もなくどこかへ行ってしまいました」


封筒には差出人の名前はなく、封蝋で一輪の花が添えられていた。


もしやと思い、アランは書斎に駆け込んで手紙を開封した。


『仮面を忘れていったお客様の居場所を見つけ出し、話を聞くことができました。だいぶ生活が困窮していたようで、リアム様に支払っていただいたお代の金貨を積み上げたところ、知っていることはすべて打ち明けてくれました。儀式の最中は香が焚かれて意識が朦朧としていたせいで、残念ながらはっきりとした記憶はないとのこと。晩年のレオナール王は死の恐怖に取りつかれており、そうした儀式を何度もパラミアに行わせていたそうです。


レディ・アイスドールによろしく。カメリア』


アランは手紙に何度も目を通した。


先王レオナールは、どうして魔術や呪法に関する本をわざわざ禁書に指定して、人々の目から遠ざけたのか。


あの地下の隠し部屋で、何が行われていたのか。


思いがけないきっかけで、書庫に関するいくつもの疑問が、アランの頭の中でぱちんと音をたてて見事にはまっていった。


アランは立ち上がると、己の仮説を検証すべく部屋を飛び出し、急いで王宮に取って返した。


この時ばかりはエレノアのことも、父エドモンに対する不信感も、すっかりアランの頭から消し飛んでいた。

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