第50話 料理人の話
ウィルと一緒に花の館を訪れた翌日、アランはついに書庫の全書棚の検分を終わらせた。
これで目録に載っているのに書庫にない「紛失本」のリストも完成したので、あとはリストが禁書と一致するかの精査が終われば、ソロンに正式な報告をすることができる。
作業を続けながら、アランは昨日の話を思い返していた。
パラミアの秘儀への参列者が身につけたという仮面が地下室にあったということは、あの部屋を使用していたのはパラミア派の人間だったのだろうか。
あそこには仮面の他に、書庫の本が何冊も運び込まれていた。
あの場所でいったい何が行われていたのか。
集中力が切れてしまい、リストの精査がはかどらないでいると、シリルがウィルの使いでやってきた。
「我が主がアラン様にお越しいただきたいと申しております。耳よりな情報がある、とのことです」
アランは昨日、馬車の中でウィルが「役人たちの話を聞き出せるように手は打つから」と言っていたのを思い出した。
「すぐに行く」
アランは荷物を片づけて席を立つと、シリルの案内で王宮内を移動した。
連れていかれたのは、王宮で働く役人や使用人のための食堂だった。
アランも利用できるはずだが、書庫から離れた場所にあるので使ったことはない。
食堂は昼食が終わった後の小休止の時間帯で、利用者の姿は見当たらず、ウィルが広々と席を陣取っていた。
その向かい側に三十半ばほどの男が座り、どこかそわそわした様子で、しきりに首を動かしている。
「ウィリアム様。アラン様をお連れしました」
先を歩いていたシリルがウィルに声をかけた。
「ご苦労様。表で見張りを頼むよ」
「かしこまりました」
シリルがうなずいて外に出ていった。
アランがウィルの隣に腰を下ろすと、ウィルは向かい側の席の男を紹介した。
「彼はここで料理人として働いていてね。王宮内のいろんな人や話に詳しいんだ。さっき言いかけたこと、もう一度詳しく話してくれ」
「勘弁してくださいよ。俺みたいな下っ端が、わざわざ殿下にお聞かせるような話を知ってるわけないじゃないですか」
「そんなに謙遜することないじゃないか。人間、食事処と寝屋では口が緩む生き物だ。それにいつだったか君が夏場にうっかり高級食材をダメにしたことがあっただろ。その時、間に合うように手を回して別で手配してあげたじゃないか。まさか忘れたのかい?」
有無を言わせぬウィルの笑顔に、料理人の男は観念したように口を開いた。
「今から話す内容、俺がしゃべったってこと、絶対に内緒にしてくださいよ?」
「もちろん。僕ほど口の堅い人間はそうそういないよ」
ウィルがしゃあしゃあと言ってのけると、料理人は疑わしそうな顔をしつつも話し出した。
「内務府の雑用係が食事中に話してるのが聞こえただけなんで、どこまで正確な話かわからないですけどね。昨日あった抜き打ち検査、内務府の役人たちにも事前に知らされてなかったそうなんです。ロシュフォールド長官から決行の命令が当日の朝に言い渡されたとかで、寝耳に水だったみたいで。長官が前触れもなくいきなり命令を下すのは珍しいって、雑用係たちがこぼしてました」
父親の名前が出たので、アランは強いて無反応を装った。
こういう時、ウィルはとても自然に振る舞う。
「たしかに慎重なロシュフォールド卿らしからぬ行動かもね。検査する側もてんやわんやだったというわけか。他には?」
料理人は調子が出てきたのか、最初嫌がってた割には前のめりの姿勢になって話を続けた。
「今回の抜き打ち検査、やり方がかなり強引だったみたいです。飯を食いながら内務府に対して怒りを爆発させてる連中が大勢いましたから。風紀の取り締まりっていうのもただの口実で、本当は別に狙いがあったんじゃないかって言ってる役人もいましたよ」
「行政部署にも立ち入り検査があったってことか?」
アランが確認すると、料理人はうなずいた。
「兵士まで連れて、かなり強引にいろんな部署に押し入ったそうです。お役人が一人連行されたって聞きました」
「誰なんだい、その役人は」
「俺も知り合いですが、真面目で人のいい男です。働きすぎて神経がやられたのか、最近じゃ飯食いながら『人魂を見た。そろそろお迎えが来たのかもしれない』なんて同僚に愚痴ってましたよ。なのに今度は抜き打ち検査に引っかかるなんて、本当に気の毒なこって」
「そりゃたしかに気の毒だ」
ウィルは相づちを打っていたが、アランは今の話にひっかかりを覚えた。
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