第40話 情報屋

瀟洒な建物の中に入ると、広いフロアにテーブルとソファがいくつも置かれていて、各テーブルでは美しいドレスを着た女性たちが客を接待していた。


ウィルは常連なのか、店に入るなり、フロアの管理者らしいタキシード姿の男が近づいてきた。


「リアム様。いらっしゃいませ」


「やあ。今晩はマダムはおいでかな」


「はい。いつものお部屋にご案内させていただきます」


そう言って案内されたのは、他の客がいない二階の個室だった。


趣味のいい家具や調度品が置かれていて、落ち着いた雰囲気の内装である。


いかにも高級そうなソファに腰かけて待っていると、しばらくして優雅な物腰の女性が部屋に入ってきた。


年は四十半ば頃だろうか。


艶やかで匂い立つような美貌の婦人である。


アランたちの前でおじぎをすると、ウィルにまず話しかけた。


「ようこそおいでくださいました、リアム様」


そう言って、アランにも感じの良い笑みを向けた。


「今日はご友人もご一緒ですのね。珍しいこと。何人かこちらに呼びましょうか。お好みがございましたら先におうかがいしますわ」


「いや、今日はマダムに用があってきたんだ」


「あら、嬉しいことをおっしゃってくださいますのね。何でございましょう」


店の女主人は少女のような笑みをひらめかせた。


「ちょっと前に僕の紹介でこの店へやってきた子がいたと思うんだけど」


「あのレディ・アイスドールのことかしら?」


「そうそう。エレノアちゃんね。彼女、どんな情報を買おうとしてたんだい?」


ウィルの問いに、女主人は含みのある笑みを浮かべた。


「リアム様。そんなことをおっしゃるなんて、らしくございませんわね。ご存じでしょうに。当店は仲介者の方にも顧客の秘密を話したりはしませんわ。でなければリアム様も安心してこの店にお通いになれませんでしょう?」


女主人はアランとウィルの向かいに腰かけると、優雅な仕草で手にしていた扇を広げた。


「時と場合によるだろう。彼女、内務府にしょっぴかれた。もしかしたら貴女が売った情報のせいかもしれないんだぞ。取り調べでこの店の名前が出たら、困るのはそっちだろう」


まぁ、と女主人は小さく驚きの声をもらすと、瞬時に色々なことを秤にかけたらしく、ぱちんと扇を閉じて鮮やかに前言を撤回してみせた。


「おっしゃりたいことはよくわかりましたわ。でもこちらも商売でございますから、タダでという訳にはまいりませんわね。レディ・アイスドールにお売りした情報代、まだ支払いがずいぶんと残っていますの。その残金を一括で立て替えていただけるのでしたら、情報をお売りするという形で知っていることをお話しするのは構いませんわ。それでいかがかしら?」


「よし、のった」


ウィルは金額も聞かないうちに即答した。


「ウィル、ここは俺が」


アランが『支払う』と言いかけると、ウィルはそれを両手で制した。


「君の言いたいこともわかるけど、今回は僕に譲りたまえ。元々エレノアちゃんには手伝ってもらった時に言い値で報酬を出すつもりだったんだ。結局一銭も要求してこなかったけど。だからこれは僕からエレノアちゃんの労働に対する報酬と考えればいい」


「いや、でもな」


「アラン、誤解しないでくれ。別に僕は君の甲斐性を疑っているわけじゃない。でもこの館の主は相当なやり手だよ。僕は親友が身ぐるみを引っぺがされて道端に放り出される光景なんて見たくはないからね」


「いやですわ、リアム様ったら。ご冗談を」


女主人は扇で口元を隠しながら「ほほほ」と上品に笑った。


ウィルも「いやいや」と笑いながら、小切手帳に女主人の言い値をペンでさらさらと書き込んだ。


アランの出る幕ではなさそうだった。


「レディ・アイスドールの知りたがっていたこと、でしたわね」


女主人は小切手を受け取って笑いをおさめると、話を始めた。


「髑髏の仮面を持ってきて、それについて調べてほしい、というのが彼女の依頼でしたわ」


アランとウィルは目を見かわした。


ウィルの読みは当たっていたらしい。


「それで何かわかったのかい?」


「調べるまでもありませんでしたわ。だって、よく知っていましたもの」


ウィルの問いに、女主人は笑みを深くした。


「お二人とも、先王が崩御された時はまだお生まれになってなかったのかしら?」


「いや、生まれています。赤ん坊でしたが」


アランが答えた。


「記憶がないなら幸運というべきかもしれませんわ。ひどい時代でしたもの。レオナール王も即位してしばらくの間は良い王様でしたのよ。けれど少しずつ変わっていってしまったのでしょうね。パラミア司祭に傾倒するようになってからは特に。晩年は、政の決定もパラミアの占いに全て委ねていたそうです」


「神代の時代にさかのぼりという訳か。そりゃ今の陛下が毛嫌いするわけだ」


「はい。でもパラミアの権勢はすさまじいものがございました。パラミア派が宮廷を牛耳り、それにたてつけば良くて僻地に左遷。投獄でもまだマシなほうで、処刑という名の残虐な私刑が横行していました。当時、まだ私は店を預かる立場ではありませんでしたけれど、パラミア派の方たちが毎晩のようにいらっしゃっていたのは覚えています。皆様たいそう羽振りがよろしくてね。お店を貸し切って女の子たちに薄いベールだけまとわせて、歌ったり踊ったりなんてやってましたわ。今上陛下の即位後は、その方たちを見なくなりましたけれど。その中に、私を気に入ってよく通ってらした方が一人いたんです。ある時、酔って口が滑ってしまったのか、パラミアの行う秘儀に参列したことがあると、得意げに話してくれました。その秘儀に参列するには、特別な衣装を身につけなければならなかったそうで、懐からこっそりと髑髏の仮面を取り出して私に見せたんです」


「それが、エレノアが持っていた仮面と同じだったんですか?」


女主人はうなずいた。


「忘れもしませんわ。あんな仮面、他に見たことがありませんもの。いかにもおどろおどろしい意匠で」


「なるほどね。髑髏の仮面はパラミア派の重鎮であることの証でもあったわけだ。それ、エレノアちゃんには教えたの?」


「はい。店を訪ねてきたその日に伝えました」


「じゃあさっきの値段は吹っかけすぎじゃないかい?」


「あら、リアム様。心外ですわ。まるでぼったくりみたいにおっしゃって。仮面について記憶していたことを伝えた後、レディ・アイスドールはさらに質問してきたんです。同じデザインで、黒色の兜を見たことはあるか、と」


「兜? フルフェイスってことかな」


「おそらく。兵士が頭に着けているような形、と言っていましたから。私もそれについては知らなかったので、『調べてみましょうか?』って確認したら、かわいらしく『お願いします』と依頼されたので、先ほどの値段で落ち着きましたのよ」


女主人はウィルに向かってにっこりと笑みを浮かべた。


ウィルは観念したように両手を小さく上げた。


「了解了解。でもエレノアちゃんはどうやって支払うつもりだったんだろう。あの金額を持っているとは到底思えないんだけど」


「あぁ、それでしたら『払えないならうちの店で働くのはどう?』って言ってあげたんです。肉感的な魅力には欠けるかもしれませんが、ああいう子に案外上客がついたりしますし。見るからに働き者そうでしたし。情報に見合うだけの対価でしたら、金貨でも体で払うのでも、私はどちらでも構いませんもの」


アランは内心ぎょっとした。


「でも断られてしまいましたわ。どうせ働くなら、できるだけ本丸に近い場所に乗り込みたいからと。そのかわり、無利子で分割十年払いにしてくれと頼まれたので、それで手を打ちましたわ」


「おや、花の館の女主人が、ずいぶんとまけたじゃないか。気に入ったのかい、エレノアちゃんのことが」


「そうですね…ちょっと違う気もしますが。私も色々な娘を見てまいりましたから。あの子に会った時、一目でわかったんです。あぁ、きっとこれまで随分と運命に虐げられてきたのだろうと。そしてふと見てみたいと思ったんです。何にも持っていないただの娘に、世間を相手取って己の願いを成就できるのかどうかを」


女主人の顔が一瞬だけ憂いを帯びたようにも見えたが、すぐに元の艶やかな表情に戻った。


「でもやっぱり残念。王宮で働くのが嫌になったらいつでもうちにいらっしゃいと伝えてくださいな」


「内務府の取り調べから無事に解放されたらね」


アランがウィルに横からにらみをきかせると、見ていた女主人はくすくすと笑った。


「さてと。これで知っていることはすべてお話ししましたわ。黒兜については調べがついたら、リアム様にお知らせすればいいのかしら」


「いや、こっちの彼に」


ウィルがそう言ったので、女主人はアランに顔を向けた。


「わかりましたわ。ご住所を教えていただける?」


アランが言われた通りに別邸の住所を書いて渡すと、女主人はうなずいた。


「そんなにお待たせしないでご連絡できると思いますわ。連絡がなくても、気が向いたら遊びにお越しくださいませ」


アランは礼を失しないよう、丁寧に感謝と辞去の言葉を伝えると、店に残って遊ぼうとごねるウィルを引っ張って外に出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る