第48話 ウィルの知っていること

夕方、アランはウィルと馬車に乗っていた。


ウィルが迎えに来るのを待っている間に、アランは目録と書棚の照合作業を怒涛の勢いで進めていた。


一方、ウィルは王宮内で話を聞いて回っていたという。


「内務府と近衛府に知人はいるんだけど、今回の抜き打ち検査に関して尋ねたら、誰も口を割らなかった。正面から切り込むのは難しそうだ。ロザリーだったらまた話は違ったかもしれないけどね」


「このタイミングでロザリーが地方の巡察に出ているのは偶然だと思うか?」


アランの言葉に、ウィルは首をすくめてみせた。


「さぁね。僕もそこまでは。陛下の命令で急にってマーサが言ってたから、答えは王のみぞ知る、だ。まぁ少し遠回りになるけど、口の堅いお役人たちの話を聞き出せるように手は打つから。それはまた後日のお楽しみということで」


ウィルがどんな手を打つのかわからなかったが、こういう時の立ち回りにかけてウィルの右に出る者はそうそういない。


生粋の宮廷人である。


内務府が行った抜き打ち検査ということで言えば、アランこそ父エドモンという強力なコネクションを持っているはずなのだが、それはちっとも当てにできなかった。


もしエドモンに探りを入れようものなら、エドモンに公務執行妨害で逮捕されかねないとアランは半ば本気で思っている。


ウィルもそのあたりの事情を察してくれているのか、アランに対してどうこうしろとは言わなかった。


「……ありがとうな」


アランがぼそりとつぶやくと、途端にウィルは調子に乗り出した。


「え、何々。よく聞こえなかった。もう一回大きな声で言ってくれる?」


「絶対に聞こえてただろっ」


「そんなに照れることないじゃないか。ほら、今度はちゃんと聞くから」


「わざわざ隣に来るな! 危ないからちゃんと自分の席に座ってろ!」


アランはウィルの体を向かい側の席に押し戻した。


「えー。けちー」


「てか俺たちはいったいどこに向かってるんだ。まだおまえの口から肝心な話は何も聞かされてないぞ」


「どうどう。落ち着いて。舞踏会の時、エレノアちゃんが男に襲われそうになったのを覚えてる?」


アランは渋い顔でうなずいた。


もちろん、その件についてはよく覚えている。


舞踏会の後、ロザモンドと一緒に取り調べに立ち会い、暴漢の男が近衛隊長のジェイドにこっぴどく叱責されているところも目撃している。


「エレノアちゃん、その襲ってきた男がつけてた仮面をこっそり持ち帰ってたんだ」


「エレノアが? どうしてそんなこと」


「まぁ正直僕も驚いた。自分を襲ってきた男の持ち物なんて、触るのも気持ち悪いだろうにって思ったんだけどね。でもエレノアちゃんはだいぶその仮面のことを気にしていた。だからマーサが言ってた『平べったい骸骨』って、その時の仮面じゃないかと思ったのさ」


なるほど、とアランは納得した。


地下室で見かけた髑髏の仮面について、今ここでウィルに共有すべきかどうか、アランはかなり葛藤した。


ジェラール陛下にはエレノアを盾に他言するなと釘を刺されたが、そのエレノアが窮地に陥っている。


アランの心は「ウィルにも自分の知っていることを話す」という選択肢にほぼ傾きかけていたが、迷っている間に馬車が停止した。


ウィルは窓にかかっているレースの目隠しを指で少し持ち上げて外を確認すると、アランにうなずいてみせた。


「で、ここからが今日の本題。今から情報屋に話を聞きに行く」


「情報屋?」


「そ。もし本当に仮面のせいでエレノアちゃんが連れていかれたのだとしたら、あの仮面は内務府に身柄を拘束されるほどの代物ということになる。それをこれから確かめようというわけさ」


シリルが外から扉を開けてくれると、ウィルは勇んで馬車を降りた。


アランも後に続いたが、目の前の建物を見て、しばし沈黙した。


「……ウィル。念のための確認なんだが」


「なんだい」


「本当にこの場所で合ってるのか?」


「そう。夕方にならないと店が開かないから、それで時間まで君に待ってもらったんだよ」


ウィルが自信満々にうなずいた。


「なるほどな。おまえって奴はさすがだよ、ウィル」


アランは笑みを浮かべると、いきなりウィルの首を絞め出した。


「ちょっと、アランくん!? どうしたの」


そばで見ていたシリルがはらはらした様子でこちらをうかがっていたが、アランは手を緩めたりはしなかった。


「おまえ正気か!? どう見たってここは高級娼館だろうが!」


「ちょ、アラン。このままじゃ息が止まる。だから怒らないでくれと先に約束したじゃないか。僕が知る限り、ここが王都で一番いろんな情報が集まる場所だよ」


ウィルがつぶれたカエルのような声を出した。


たしかに怒らないと約束はした。


アランは半信半疑だったが、ウィルから手を離した。


「で、君は話を聞きに行くのをやめるの?」


ウィルは乱れた呼吸を整えながらアランに尋ねた。


「……行く」


「そうこなくっちゃ」


ウィルがにやりと笑った。


ウィルの思惑にうまく乗せられてしまっている。


アランはウィルの足に蹴りを入れた。

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