第47話 年明けの騒動
年明け、アランは書庫が開くと同時に目録と書棚の照合作業を再開した。
毎日朝から晩まで食事も取らず書庫につめた甲斐もあり、あともう少しで作業は完了しそうだった。
数日中には終わるかもしれない、と考えながら、書棚の前で目録にチェックを入れていると、書庫にふらりと現れアランの周りをぶらぶらしていたウィルが話しかけてきた。
「何か嫌なことでもあったのかい、アラン」
顔を上げると、ウィルが隣の書棚に寄りかかってアランのことをじっと見ていた。
「なんだ急に。別に何もないが」
「そんなはずはない。鬱屈すると一つの作業に没頭するのは昔からの癖じゃないか。何年のつき合いだと思ってるんだい。親友の目はごまかせないよ。悩みがあるなら相談したまえ」
「今悩みがあるとすれば、おまえがそこに立っているせいで仕事ができないことだな」
ウィルはアランの嫌味など聞いてはいなかった。
「ほらやっぱり。新しい年を迎えてまだ十日しか経ってないのに、今からそんなに不機嫌だなんて幸先が悪すぎる。仕事はほどほどで切り上げて、今日は景気よく飲みに行こうじゃないか」
「おい、やめろ。体にまとわりつくな。それにここは私語禁止だぞ」
「別に構わないだろ。君と僕以外に誰もいないんだし」
「そういう問題じゃない。だいたい用事もないのに書庫の中をうろつくな。また火の玉でも確かめに来たのか」
「用事はもちろんあるさ。君に会うという用事が。それにその話はもう古いよ。今の旬な話題は、夜な夜な王宮を徘徊する亡霊の話さ!」
「帰れ! 俺は忙しい!」
思わずアランが小声でウィルを怒鳴りつけると、そこへ女性のおずおずとした声が割って入ってきた。
「あの……お忙しいところ申し訳ございません」
アランとウィルが顔を向けると、現れたのは、ロザモンドのそばでよく見かける侍女だった。
「おや、マーサじゃないか。珍しいね、こんな所で会うなんて。どうしたんだい」
「ウィリアム様に相談がございまして」
「僕に? 王女がお呼びかな」
「いえ、ロザモンド様は陛下のご命令で昨日から地方の巡察に出かけていらっしゃいます。ご相談というのは、恐れながら私の勝手な判断なのです……」
ウィルは女性にしか見せない柔らかな笑みを瞬時に浮かべた。
「いつも冷静沈着な侍女頭殿に頼ってもらえるなんて光栄の極みだ。何があったんだい」
ウィルの言葉に、マーサはほっと安堵の表情を浮かべた。
もちろんアランはここで「私語厳禁」などと無粋なことは言わなかった。
マーサの様子は、アランから見ても明らかにどこか動揺していた。
「今朝、内務府の役人が衛兵を連れていきなり王女宮にやってきたのです。風紀の取り締まりで、住み込みの使用人たちの部屋を抜き打ちで検査すると。これまでにもそういうことは何度かございましたが、たいてい検査の数日前にはそれとなく通達があったのです。けれど今回はそういう知らせもなくて……」
「それで? 王女宮が踏み荒らされてしまったのかい?」
「はい……いえ、それは構わないのです。彼らとて仕事でしょうし。後片づけは大変ですが。ただ、その検査で新入りの女官が一人引っかかり、衛兵たちに連れていかれてしまって」
横で聞いていたアランは、なんとなく嫌な予感がした。
「誰だい、その女官というのは」
「エレノアでございます。彼女はウィリアム様のご推挙で王女宮に配属されたとうかがっておりましたので、お耳に入れておいたほうがいいかと思い、こうして御前に参上した次第です」
「抜き打ち検査で引っかかっても、たいていは物を没収されて厳重注意で終了だろう。いったいあの子の部屋から何が見つかったんだい。衛兵に連れていかれるほど大そうな物を持っていたとは到底思えないんだけど」
「そうなんです」
マーサは何度もうなずいた。
「エレノアが最初に王女宮へやってきた時も、ほぼ手ぶら同然でございました。あまりの荷物の少なさに驚いた記憶があるので、私もよく覚えております」
「エレノアちゃん、僕が買ってあげたドレスも律儀に返してくれたからねぇ。でもそれなら、役人に連れていかれる理由なんてますますないはずだろ」
「私もそう思ったのですが、ロザモンド様もご不在の折のことで、問答無用で連れていかれてしまいました。私が理由を尋ねても教えてもらえず……ただ、エレノアが連れていかれた時、衛兵の一人が奇妙な物を手にしていたので、もしかしたらそれが原因なのかもしれません」
マーサがやや自信なさげにつけ足した。
「奇妙な物?」
「はい。遠目だったので断言はできないのですが、平べったくて、骸骨のようにも見えました。あまり気持ちのいい品ではございませんでしたが、それにしてもやり方があんまりにも横暴ですわ。罪人みたいに引っ張っていくなんて」
マーサは悔しそうに声を震わせた。
ロザモンドが不在だったせいで、よほど腹の立つ対応をされたのかもしれない。
ずっと黙って話を聞いていたアランだったが、マーサの言った「骸骨のように見えた平べったい物」について、地下の隠し部屋で見つけた箱の中身のことを思い出した。
一方、ウィルはマーサの肩に手を置いた。
「心配するな、マーサ。事情はよくわかった。知らせてくれてありがとう。僕も伝手をたどって話を聞いてみるから、安心して任せてほしい。君はロザリーが帰ってくるまで王女宮の留守をしっかり預かっていてくれ」
ウィルが完璧な笑みと共に力強くうなずいてみせると、マーサはほとんど涙ぐみながら礼を述べて立ち去っていった。
マーサがいなくなると、アランはウィルに話しかけた。
「どうするつもりだ」
「そうだねぇ。マーサにも言ったとおり、いろいろと話を聞いて回ってみるよ。すまないねアラン。君と飲みに行くのはまた今度にしよう」
書庫を出ていこうとしたウィルの肩を、アランは後ろからぐいとつかんだ。
「ちょっと待て。俺も行く」
「どうしたんだい、アラン。仕事はいいのかい。それともやっぱりエレノアちゃんのことは気になるかい?」
「はぐらかすな。ウィル、おまえエレノアの件で何か心当たりがあるんだろう」
「どうしてそんなふうに思うんだい。僕もマーサの話を聞いて混乱しているというのに」
「何年のつき合いだと思ってる。おまえ、さっきマーサさんに任せておけと言った時、何か知ってる時の顔をしてたぞ」
「アラン、嬉しいよ。そんなふうに君がずっと僕のことをよく見てくれていたなんて……いた、いたたた。わかった、わかったから。肩をそんなに強くつかまないで」
アランが肩から手を離すと、ウィルはふぅと息をついた。
「僕と一緒に来るのは構わないけれど、怒らないって先に約束してくれる?」
「理由は?」
ウィルは口を閉じた。
微笑しているが、こういう時のウィルは何も話さない。
「……わかった、約束する。俺は怒らない」
そう言うと、ウィルはしばしアランの顔を見てから大きく一つうなずいた。
「ふふ。交渉成立だね」
ウィルは夕方になったらアランを迎えに来ると約束して、二人はここでいったん解散した。
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