第46話 父子の会話
エドモンは会話をする時、時侯のあいさつや雑談などの前置きは回りくどいと言ってすぐに本題に入る。
今回もそうだった。
「なんだ」
簡潔に要点だけ述べよ、と言われている気分になったが、今はむしろありがたかった。
書斎のドアをノックする直前まで、アランはどうやって口火を切ろうかとあれこれ考えていたが、そうした気負いがいっぺんに消えた。
「父上。私の今後についてですが、やはり宮中で公職を得るつもりはありません」
「ではどうするつもりだ」
「今は学術院のソロン先生の手伝いをしています。将来のはっきりしたことはまだわかりませんが、私も父上のように己の才覚で道を切り拓いていきたいと思っています。だからどうか」
「もういい、わかった」
エドモンは途中で話をさえぎった。
アランは本当にわかってもらえたのか疑問だったが、口をつぐんだ。
「このまま家に戻ってくるつもりなのか」
エドモンにこう聞かれ、アランは質問の深意を汲み取ろうとエドモンの顔をうかがった。
帰ってこいという意味なのか、それとも帰ってこられたら困ると思っているのか。
はたまたどちらでも構わないのか。
が、エドモンの表情からは何も読みとれなかった。
腹の探り合いをしても仕方があるまい、とアランは諦めた。
相手が悪すぎる。
なんせあのジェラール陛下に直言を恐れず、それでいて長年権力の座にあり続けているのだ。
それにこれは駆け引きではなく親子の会話だと思い直し、アランは素直に本音を口にした。
「できればあのまま別邸を使わせていただきたいです。学術院にもあちらから行くほうが近いですし。本や資料などの置き場所にも困らないので」
エドモンはあっさりうなずいた。
「いいだろう。建物も建てただけで使わなければまったくの無駄だ。しかも使わないと劣化する。資産価値が落ちないように管理を怠るな。掃除は使用人に任せて構わないが、確認と点検は自分の目でしっかりと行え。無関心で放置すると、配下の人間はそのうち主を侮るようになる。己の責任で人を使ういい機会だ。あれしきの規模の屋敷の管理もできないようなら、あの家からは即刻追い出す。わかったな」
「…………はい」
どこか釈然としない気持ちはあったが、使われていなかったとはいえ、あの別邸もエドモンの所有物だ。
もし反論したいなら別邸を出るのが筋だが、あいにくアランはまだ書生の身だ。
ソロンが書庫の作業の手伝い賃を出すと言ってくれているが、それで部屋を借りることができるのかどうか、アランは市井の生活というものにまだ疎かった。
「話はもう終わりか? 立っているだけなら時間の無駄だ」
「一つだけ質問が。王宮の書庫は内務府の管轄とうかがっていますが、父上は書庫の内情についてご存じでしょうか?」
エドモンは手にしていたペンを置くと、アランに注意深く視線を向けた。
この部屋に入ってから、エドモンがようやくまともにアランへ意識を向けた気がした。
書庫の利用者はもともと少なかったようだし、人手も足りず杜撰な管理体制になっていたのだろう、とアランは勝手に解釈していたが、地下室への隠し扉といい、消えた本といい、あの書庫にはどうも釈然としない点が多い。
エドモンは書庫を管理する内務府の長官でもある。
大晦日の夜でも仕事を続けているような父に限って、何も把握していないなどあり得ない気がしていた。
けれどエドモンの返答は、アランの期待したものとは違っていた。
「おまえに答える必要はないな。公職に就いているわけでもなく、知るべき地位や立場にあるわけでもない。王女やウィリアム公子の覚えがめでたいからといって調子に乗るのも甚だしい。己の分をわきまえろ」
そう言われ、アランは言葉につまった。
「……失礼しました。お許しを」
どうにか言葉を絞り出して部屋を出ようとすると、最後にエドモンがこうつけ足した。
「陛下とはあまり関わるな。世間もおまえも勘違いしているようだが、私はあの方に最も警戒されている人間の一人だぞ」
アランははっとして振り返ったが、エドモンはもう書類に視線を戻していた。
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