第37話 父子の会話

エドモンは人と会話をする時、時侯のあいさつや雑談などの前置きは回りくどいと言ってすぐに本題に入る。


今回もそうだった。


「なんだ」


アランは、簡潔に要点だけ述べよ、と言われている気分になったが、今はむしろありがたかった。


なんせ、三か月前に口論をしてこの本邸を出ていってから、エドモンとはずっと口をきいていなかったのだ。


ロザリーと一緒に出た舞踏会の時にも顔は合わせたが、会話らしい会話はなかった。


書斎のドアをノックする直前まで、久しぶりに話すというのでアランはどうやって口火を切ろうかとあれこれ考えていたのだが、そうした気負いがいっぺんに消えた。


「父上。私の今後についてですが、やはり宮中での公職を得るつもりはありません」


「ではどうするつもりだ」


「今は学術院でソロン先生の手伝いをしています。将来のはっきりしたことはわかりませんが、私も父上のように己の才覚で道を切り拓いていきたいと思っています。だからどうか」


「もういい、わかった」


エドモンは途中で話をさえぎった。


アランは本当にわかってもらえたのか疑問ではあったが、いったん口をつぐんだ。


「このまま家に戻ってくるつもりなのか」


エドモンにこう訊かれ、アランは質問の深意を汲み取ろうとエドモンの顔をうかがった。


帰ってこいという意味なのか、それとも帰ってこられたらうっとうしいと思っているのか。


はたまたどちらでも構わないのか。


が、エドモンの表情からは何も読みとれなかった。


腹の探り合いをしても仕方があるまい、とアランは諦めた。


相手が悪すぎる。


それにこれは駆け引きではなく親子の会話なのだ、と思い直し、アランは正直に思っていることをそのまま言うことにした。


「できればあのまま別邸を使わせていただきたいです。学術院にもあちらから行く方が近いですし。本や資料などの置き場所にも困らないので」


すると、エドモンはあっさりうなずいた。


「いいだろう。建物も建てただけで使わなければまったくの無駄だ。しかも使わないと劣化する。せいぜい資産価値が落ちないように管理を怠るな。掃除は使用人に任せて構わないが、確認と点検は怠るな。まったく無関心で放任すると、配下の人間はそのうち腹の中で主を侮るようになるからな。人を使ういい機会だ。おまえにはあれくらいの規模が手始めにはちょうどいい。もしあれしきの屋敷の管理もできないようなら、即刻あの家からも追い出す。わかったな」


「……。…………はい」


釈然としない気持ちはもちろんあったが、別邸も使ってなかったとはいえ、エドモンの所有物だ。


先ほどの言葉に反論するのであれば別邸を出るのが筋だが、あいにくアランはまだ書生の身分だ。


ソロンが書庫の作業の手伝い賃は出すと言ってくれているが、それで部屋を借りることができるのかどうか、アランは市井の生活というものにまだ疎かった。


「話が終わったなら出ていきなさい。突っ立っているだけなら時間の無駄だ」


「一つだけ質問が。ソロン先生によると、書庫から出火したということで内務府から学術院に連絡があったそうなのですが、そもそも出火したという情報自体が間違いだったようです。そうした情報や連絡の行き違いがあったことを父上はご存じでしたか?」


エドモンは手にしていたペンを置くと、アランに注意深く視線を向けた。


この部屋に入ってから、エドモンがようやくまともにアランへ意識を向けた気がした。


ロザリーに教えてもらった情報をソロンに伝えた時、ソロンは内務府のいい加減な対応に怒っていたが、その後にアランが話題に出した紛失本から話が禁書に発展し、出火の話はデマだった、という件はアランとソロンの二人の頭から消し飛んでいた。


建造物としては歴史的な価値があるとはいえ、書庫の利用者はもともと少なかったようだし、人手も足りず杜撰な管理体制になっていたのだろう、とアランは勝手に解釈してとりあえずあきれ半分に納得していたのだが、エレノアと書庫に閉じ込められて、アランはその考えを少し改めていた。


施錠後は、アランとエレノアは普通には建物の外に出ることはできなかった。


ジェラール陛下が命じて侍従長がわざわざ鍵を開けに来てくれたことを思い合わせてみても、必要最低限の管理体制は敷かれている、とみてよいはずだ。


なのに、失火という王宮内ではある意味一番忌避されるべき事態の真偽をきちんと確かめもせず、学術院という外部の機関に協力要請を出すだろうか。


直接差配していないにしても、エドモンは協力要請してきた内務府の長である。


大晦日の夜に書斎で仕事を続けているような父に限って、何も把握していないなどあり得ない気がしていた。


けれどエドモンの返答は、アランの期待したものとは違っていた。


「お前に答える必要はないな。公職に就いているわけでもなく、知るべき地位や立場にあるわけでもない。王女やウィリアム殿下の覚えがめでたいからといって調子に乗るのも甚だしい。分をわきまえろ」


そう言われ、アランは言葉につまった。


何も言い返すことができない。


「……失礼しました。お許しを」


どうにかそれだけ言葉を絞り出して退室しようとすると、最後に一言エドモンがアランに声をかけた。


「今後出仕する気がないというなら、陛下にはあまり関わるな。世間もおまえも勘違いしているようだが、私はあの方に最も警戒されている人間の一人だ」


アランははっとして振り返ったが、やはりエドモンの表情からは何も読みとることができなかった。

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