第44話 大晦日
大晦日の夜、アランは本邸に帰っていた。
当初の予定では別邸にいるつもりだったが、自分が実家に帰らないとグエルもここで年越しすることになると気づいた。
去年一昨年とグエルは遊学先でずっとアランにつき従ってくれていたのだ。
せっかく王都に戻ってきたのに、今年も孫と過ごす時間を奪ってしまっては申し訳ない。
そういうわけで三か月ぶりに本邸に帰ると、玄関に入るなりアランは母クロエから並々ならぬ歓待を受けた。
直前まで帰るかどうか迷っていたアランは少々罪悪感を覚えたが、喜ぶクロエの顔を見ると、やはり帰ってきてよかったと思った。
日が暮れても父はまだ王宮から戻ってきてなかったが、「先に食べちゃいましょう。きっと今日も遅いから」という母の一言で、クロエとデューク、アランの三人で食卓を囲んで晩餐が始まった。
テーブルの上にはローストチキンにマッシュポテト、パンプキンスープ、野菜のテリーヌなど年末のロシュフォールド家恒例のメニューが並んでいた。
普段は台所に立たないクロエだが、料理をするのは好きらしく、年末の夕食だけは毎年腕を振るってくれる。
食べるのに夢中になっていると、クロエは自分ではあまり食べずに、じっとアランの顔ばかり見つめていた。
「ねぇ、アラン。ちょっと瘦せたんじゃない? ちゃんと食事はしているの?」
「大丈夫ですよ、母上。最近少し忙しかっただけです」
アランはクロエに向かってにっこりと微笑んだ。
昨日の朝、徹夜明けで王宮から帰った時には、帰りをずっと待っていたグエルが仰天するほど顔色が悪かったが、その後すぐに眠ったので、今は疲れも抜けている。
「そう、頑張ってるのね。ソロン先生のお手伝いをしているとデュークから話は聞いているけど、でも無理は禁物よ」
「はい」
アランが素直に返事をすると、それまで黙って聞いていたデュークが口を開いた。
「母上、だまされないでください。兄上は父上と同類ですよ。ちゃんと見張ってないと、食事も睡眠も身の回りの片づけも、全部きれいさっぱり忘れてしまうんですから」
「あら、そうなの?」
クロエがまた心配そうな顔つきになった。
「そんなことありませんよ。部屋の大掃除だってちゃんとやりましたし……おい、デューク。言い方が大げさだぞ」
「僕は正直に言ったまでです。兄上、最近は座ってばかりでちっとも体を動かしてないでしょう。剣だってずっと握ってないんじゃありませんか?」
アランは思わず視線をそらした。
体力向上の必要性は、つい最近痛感したばかりだ。
「ほら、やっぱり。師範からも筋はいいと言われていたのに。もったいない」
「そっちはおまえに任せるよ。デュークは今も近衛隊への所属を希望しているのか?」
「はい。来年は入隊試験を受けられる年齢になりますから、挑戦してみるつもりです。私はまだまだ未熟者ですが、隊長のジェイド様は素晴らしい実力の持ち主だとうかがっています。そんな方の下で鍛錬を積み、働いてみたいのです」
デュークは熱っぽく語った。
クロエはにこにこしながら相づちを打っている。
アランも弟の少年らしい意気込みにほっこりしつつ、近衛隊長の名前を聞いて、昨日のことを思い出した。
侍従長に書庫から出してもらった直後、ジェイドが偶然やってきたが、あの態度は武人の無骨さ云々を差し引いたとしても、好意的とは言い難かった。
アランが個人的に好かれていないだけかもしれないが、ほんの数回顔を合わせたことがある程度なのに、ジェイドがアランに向けていた視線の鋭さがどうにも引っかかっていた。
「アラン、どうしたの? 難しい顔をして。もしかしてお肉の焼き方が足りなかったかしら……」
「ちょうどいい焼き加減ですよ、母上。とってもおいしいです」
アランは慌ててナイフとフォークを動かし、料理を口に運んだ。
食後のデザートもすっかり平らげ、居間で三人思い思いにくつろいでいると、玄関ホールから物音がして、使用人たちが一斉に動き出す気配がした。
ソファに腰かけていたクロエの顔がぱっと明るくなり、飲みかけのカップを置いて嬉しそうに立ち上がる。
どうやら父が帰ってきたようだった。
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