第42話 ジェラール王

ジェラールはアランに近づいてしゃがみ込むと、アランの顔をとっくりと眺めた。


やめてくれと言うわけにもいかず、至近距離で観察される気まずさに無言で耐えていると、ジェラールは気が済んだのかようやく立ち上がった。


「前に見た記憶がある。名前は?」


「アラン・ロシュフォールドでございます」


「ほぅ。あの堅物の息子か。二人いると聞いているが、兄のほうか?」


「はい」


「ではおまえがロザモンドのお気に入りか。ここしばらく話を聞かなかったが」


「二年ほど遊学しておりましたので。最近王都に戻ってまいりました」


「なるほどな。で、隣の女は? その格好、女官か」


「はい。王女府でお仕えしております」


エレノアが目を伏せたまま答えた。


ジェラールは近くに置いてあった椅子を引きずり寄せて腰を下ろした。


「で、伯爵家の息子と女官がここで何をしていた。逢い引きか?」


「違います」


アランとエレノアの声がきれいにそろうと、ジェラールがニヤニヤした。


アランはやや早口でこの地下室にたどり着いた経緯を説明した。


話を聞いたジェラールは、書庫の隠し扉に興味を示した。


「この地下室には扉が二つある。おまえたちが入ってきたのは、俺が使っているのとは別の扉だ。前から気になってはいたが、どこにつながっているか確認しようとしても、この部屋からでは途中で鉄格子が下りていて、先には進めなかった。書庫の隠し扉を開けないと鉄格子も開かない仕掛けになっているようだな」


アランもこの地下室について知りたいことが山ほどあったが、質問の許可を願い出る前に、ジェラールがアランに命令した。


「ロシュフォールドの息子。おまえは来た道を戻って隠し扉を人に見つからないよう元どおりにしておけ」


「しかしそうすると私が書庫から外に出られないのですが」


「後で適当に人をやるから、それまで我慢しろ」


ジェラールは面倒くさそうに答えた。


逆らえるわけもなく、アランは挨拶の口上を述べて御前を立ち去ろうとした。


エレノアもアランに続いて立ち上がりかけたが、ジェラールはそれを制した。


「女は残れ」


そう言われて戸惑ったのは明らかにアランのほうだった。


エレノアはいつもの無表情のままである。


ジェラールはアランに人の悪い笑みを向けた。


「心配するな。こんな小娘、別に取って食ったりはしない」


「は……」


「もう行け。そうだ、言い忘れていたが、この部屋のことは誰にも口外するなよ」


「いや、しかし」


さすがにアランの口から異議が出そうになった。


外に出たらすぐにでも見聞きしたことをソロンに報告しなければと考えていたのだ。


けれどジェラールはアランに否やを許さなかった。


「もし口外すれば、この女の首をはねる。俺はこの部屋が気に入っている。うるさい輩が来ないからな。人に知られるのは好かん」


ジェラールは冗談を言っているようにも見えたが、目が笑ってはいなかった。


もしアランがうっかり誰かに話したら、ジェラールは本当にエレノアの首をはねてしまいそうな気がした。


「……御意」


それだけ言うと、アランは後ろ髪を引かれるような思いで部屋を出た。




*  *  *




扉が閉まって二人になると、ジェラールはエレノアに目を向けた。


エレノアは膝をついて顔を伏せたままである。


「女。顔を見せろ」


エレノアは静かに顔を上げた。


怯えるでもなく、じっとジェラールに視線を向けている。


「なかなか肝が据わっているな。で、おまえ、何か勘づいたようだな」


「……なんのことでございましょう?」


「もう一度だけチャンスをやる。正直に言え。生きてこの部屋を出たければな。王に嘘をつくのは大罪だぞ?」


「それでは、王様が嘘をつくのは罪ではないのですか?」


エレノアは淡々とジェラールを見返した。


ジェラールはどこか禍々しい笑みを浮かべると、椅子から立ち上がってエレノアのあごを乱暴に持ち上げた。


「おまえ、どうやら命が惜しくはないらしい」


ジェラールは愛を告げるかのごとく低くささやいたが、エレノアはまばたき一つすらしなかった。

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