第33話 ジェラール王
ジェラールはアランに近づいてきてしゃがみ込むと、アランの顔をとっくりと眺めた。
やめてくれと言うわけにもいかず、至近距離で観察される気まずさに無言で耐えていると、ジェラールは気が済んだのかようやく立ち上がった。
「前に見た記憶がある。名前は?」
「アラン・ロシュフォールドでございます」
「ほぅ。あの堅物公爵の息子か。二人いると聞いているが、兄のほうか?」
「はい」
「ということは、おまえがロザモンドのお気に入りか。ここしばらく話を聞かなかったが」
「二年ほど遊学しておりましたので。最近王都に戻ってまいりました」
「なるほどな。で、隣の女は? その格好、女官か」
「はい。王女府でお仕えしております」
エレノアが答えた。
アランが横目でちらりと見やると、エレノアはずっと顔を伏せたままである。
ジェラールは近くに置いてあった木製の椅子を引きずり寄せ、腰を下ろした。
「で、公爵家の息子と女官がここで何をしていた。逢引きか?」
「違います」
アランとエレノアの声がきれいにそろった。
ジェラールが何も言わずニヤニヤしていたので、アランはやや早口でこの地下室にたどり着いた経緯を説明した。
話を聞いて、ジェラールは書庫の隠し扉に興味を示した。
「この地下室には扉が二つある。おまえたちが入ってきたのは、俺が使っているのとは別の扉だ。前から気になってはいたが、どこにつながっているのか確認しようとしても、この部屋から行くと、途中で鉄格子が下りていて先には進めなかった。書庫の隠し扉を開けないと鉄格子も開かない仕掛けになっているのかもな」
アランも地下室についてジェラールに尋ねたいことが山ほどあったが、質問の許可を願い出る前に、ジェラールがアランに命令を下した。
「ロシュフォールド息子。おまえは来た道を戻って隠し扉を人に見つからないよう元通りにしておけ」
「しかしそうすると私が書庫から外に出られないのですが」
「後で適当に人をやるから、それまで我慢しろ」
ジェラールは面倒くさそうに答えた。
アランも王に逆らえるわけもなく、お決まり文句の挨拶の口上を述べて御前を立ち去ろうとした。
エレノアもアランに続こうとして立ち上がりかけたのだが、ジェラールがそれを制した。
「女は残れ」
そう言われて戸惑ったのは明らかにアランのほうだった。
エレノアはいつも通りの無表情である。
ジェラールはアランを見て人の悪い笑みをかすかに浮かべた。
「心配するな。こんな小娘、別に取って食ったりはしない。おまえも書庫から出る時に一人のほうが外聞が良かろう」
「は……」
「もう行け。そうだ、言い忘れていたが、この部屋のことは誰にも口外するなよ」
「いや、しかし」
これにはアランも思わず反論しかけた。
外に出たらすぐにでも見聞きしたことをソロンに報告しなければならないと考えていたのだ。
けれどジェラールはアランに否やを許さなかった。
「もし口外すれば、この女官の首をはねる。俺はこの部屋が気に入っている。うるさい輩が来ないからな。人に知られるのは好かん」
ジェラールの顔は冗談を言っているようにも見えたが、目が笑っていなかった。
もしアランがうっかり誰かに口にしたとしたら、ジェラールは本当にエレノアの首をはねてしまいそうな気がした。
「……御意」
やっとの思いでそれだけ口にすると、アランは後ろ髪を引かれるような思いで部屋を出た。
扉が閉まる瞬間、エレノアがこちらを見ている気がしたが、暗くてよくわからなかった。
* * * *
ギィーと重々しい音がして扉が閉まると、ジェラールはエレノアに目を向けた。
エレノアは膝をついたまま、再びジェラールに対して顔を伏せていた。
「女。顔を上げろ」
エレノアは静かに顔を上げた。
怯えるでもなく、じっと視線をジェラールに向けている。
「なかなか肝が据わっているようだな。で、おまえ、何に気づいた」
「……何のことでございましょう?」
「もう一度だけチャンスをやる。生きてこの部屋を出たければ正直に言え。王に嘘をつくのは大罪だぞ?」
「王が嘘をつくのは罪ではないのですか?」
エレノアは淡々と答えると、黙ってジェラールを見返した。
ジェラールは何やら禍々しい笑みを浮かべると、椅子から立ち上がってエレノアのあごを乱暴に持ち上げた。
「よっぽど命が惜しくないとみえる」
ジェラールは愛を告げるかのように低く甘い声でささやいたが、エレノアはまばたき一つすらしなかった。
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