第41話 地下室

足元を確かめながら慎重に階段を下りていくと、そこから先は細長い一本道になっていた。


壁は岩肌がむき出しだったが、ここも螢石の成分を大量に含んでいるらしく、行く手を淡い青緑の光がぼんやりと照らしていた。


先に進むと、しばらくして古びた扉の前にたどり着いた。


蝶番は錆びていたが、鍵はかかっていないようだった。


ぎしぎしと音をいわせて扉を無理やり押し開けると、中は広い空間になっていた。


エレノアが扉近くにランプとマッチ箱があるのを見つけ、火をともしてランプを掲げた。


まず目についたのが部屋の真ん中に置かれた大きなテーブルで、その上にフラスコやビーカー、試験管などが並んでいた。


何かの実験道具のようだが、使われずに長いこと放置されている印象だった。


次に視線を壁際に移すと、机が横並びに置かれ、本が乱雑に積み上げられていた。


どの本も古語で書かれていてアランには読めなかったが、手に取った本のページを試しにめくっていくと、途中途中で古い画風の挿絵があり、アランはその内容に思い当たる節があった。


「これは……」


アランが独り言をつぶやくと、隣でランプを掲げていたエレノアが口を開いた。


「マーレンのおとぎ話ですね」


「知っているのか?」


アランが驚くと、逆にエレノアは怪訝な表情を浮かべた。


「はい。よく兄と一緒に家にあった絵本を読んでいたので。こんなに豪華な装飾本ではありませんでしたが」


「でも前に字は読めないと……」


「公用語の文字は習っていないので読み書きできませんが、この文字なら知っています」


アランは瞠目した。


「もしかしてここにある他の本のタイトルも読めるか?」


そう尋ねると、エレノアは机にある本の書名を次々と読み上げていった。


聞きながら、アランの胸は早鐘を打った。


目の前にある本はすべて書庫から消えた本に該当していた。


しかもおそらく内容はすべて異端の分野に関係がありそうな本ばかりだ。


アランは呆然とした。


書庫の隠し扉を通ってたどり着いた地下室の中で、消えた本が大量に見つかった。


しかも異端関連の本ばかりが。


この部屋で、いったい誰が何をしていたのか。


考え事に夢中になっていたせいで、アランは足元が疎かになり、足の小指を何かに強く打ちつけた。


目の覚めるような鋭い痛みに、アランはうめき声をもらしながら床にうずくまった。


なんだかずっと体をぶつけてばかりいる。


「大丈夫ですか?」


エレノアが手にしていたランプの明かりで、ぶつけたのは床に置かれた箱と判明した。


大きめの箱で、何気なくアランが箱のふたを持ち上げてみると、中には仮面とローブのセットが複数入っていた。


仮面は髑髏の形をしていて、暗がりの中で見たせいか余計に不気味だった。


本は入ってなさそうだったのでアランはすぐに興味を失ったが、なぜかエレノアは箱に覆いかぶさるようにして中をのぞき込んでいた。


熱心という言葉では足りないほど、ただならぬ様子で凝視している。


「エレノア?」


声をかけると、エレノアはこちらに顔を向けたが、ランプの光が映りこんでいるのか、その瞳は金色に揺らめいていた。


まただ、とアランは思った。


いつぞやの、逃げ出したくなるような、それでいて吸い込まれるような妖しい瞳。


金縛りにあったようにアランが身じろぎできずにいると、どこからか大きなあくびの音がした。


緊張が一瞬で消えてなくなる。


思わずアランがエレノアと顔を見合わせると、エレノアも素できょとんとしていた。


ほっとしたのも束の間で、部屋の片隅で人がモゾモゾと動く気配がした。


二人同時に立ち上がり、エレノアがランプを高く掲げた。


「さっきからうるさいぞ」


不機嫌そうな声と共に、暗闇から一人の男が現れた。


その顔を見るなり、アランは反射的に片膝をついた。


エレノアが立ったままだったので、アランは鋭い声を出した。


「エレノア、ひざまずけ。ジェラール陛下だ」


エレノアもさっと両膝を床につける。


あくびをしながら二人の前に忽然と現れたのは、この国の王だった。

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