第32話 隠し部屋

足元を確かめながら慎重に階段を下りていくと、そこから先は細長い一本道になっていた。


壁は岩肌がむき出しだったが、天然の螢石を大量に含んでいるらしく、行く手を淡い青緑の光がぼんやりと照らしていた。


アランが先に立って進んでいくと、しばらくして古びた扉の前にたどり着いた。


取っ手を握って押してみると、蝶番の金具が錆びていたが、鍵はかかっていないようだった。


ぎしぎしと音をいわせて扉を無理やり押し開けると、中には暗い空間が広がっていた。


エレノアが扉近くの台にランプと使いかけのマッチ箱を見つけ、火を灯してランプを掲げた。


まず目についたのが部屋の真ん中に置かれた大きなテーブルで、その上にフラスコやビーカー、試験管などが並んでいた。


何かの実験道具のようだったが、使われなくなってだいぶ時が経過しているような印象だった。


次に視線を壁際の机に移すと、本が何冊か積み上げられていた。


どれも古語で書かれていてアランには全く読めなかったが、何気なく一番上の本を手に取ってページをめくってみると、途中途中で古い画風の挿絵が入っていて、アランはその本の内容に思い当たる節があった。


「これは……」


アランがひとり言をつぶやくと、隣でランプを持っていたエレノアが言葉を継いだ。


「『マーレンの魔導書』ですね」


「この本を知ってるのか?」


アランが驚きの声をあげると、逆にエレノアは怪訝な表情を浮かべた。


「はい。小さい時に兄と一緒によく読んでいたので。家にあったのはこんなに豪華な装飾本ではありませんでしたが」


「でも前に字は読めないと……」


「公用語の文字は習っていないので読み書きできませんが、この文字なら知っています」


アランは瞠目した。


「もしかしてここにある他の本のタイトルも読めるのか?」


そう尋ねると、エレノアは机に乗っている本の書名を次々と読み上げていった。


聞いていたアランは慌てて外套のポケットから羊皮紙のリストを取り出した。


確認すると、目の前にある本は全て書庫から消えた本に該当している。


アランの胸は早鐘を打った。


しばらく二人で地下室の中を見て回ったが、書庫の紛失本がいくつも見つかり、しかも大半はアランが予め丸印を入れていた異端本に合致している。


それに気づいた時、アランは呆然と周囲を見回した。


隠し扉に続く地下室で、書庫から消えた本が大量に見つかった。


しかも禁書に指定されていた異端に関する本ばかりである。


この部屋で、いったい誰が何をしていたのか。


考え事に夢中になっていたせいで、アランは足元が疎かになり、ゴンっと何かに足の小指をしたたかに打ちつけた。


目が覚めるような鋭い痛さに、アランはうめき声をもらして、うずくまった。


なんだかずっと体をぶつけてばかりいる。


「大丈夫ですか? すごい音がしましたが」


心配したエレノアが身をかがめたので、ランプの灯りで床に置かれた箱にぶつかったのだと判明した。


大型の物入の箱で、ここにも本が入っているかもしれないと考え、アランは箱のふたを持ち上げた。


中身は本ではなくて、仮面とローブが一組ずつ複数入っていた。


仮面は髑髏の形をしていて、暗がりの中で見たせいか何やら非常に不気味だった。


本も入ってなさそうだったのでアランは元通りにふたを閉めようとしたが、エレノアが覆いかぶさるようにして箱の中をのぞきこんでいた。


熱心という言葉では足りないほど、ただならぬ様子で凝視している。


「エレノア?」


思わず声をかけると、エレノアはこちらに顔を向けたが、ランプの灯りが映りこんでいるのか、その目は金色に揺らめいていた。


まただ、とアランは思った。


いつぞやの、逃げ出したくなるような、それでいて吸い込まれるような妖しい光である。


アランは金縛りにあったように身じろぎできずにいると、緊張感が一気に消えてなくなるような間延びした欠伸の音が大きく響いた。


アランがエレノアと顔を見合わせると、エレノアも素できょとんとした顔をしていた。


なにやらアランはほっとしかけたが、すると部屋の片隅で何かがもぞもぞと動く気配がした。


二人同時に立ち上がり、エレノアが気配のした方向にランプを掲げた。


「さっきからうるさいぞ」


不機嫌そうな声と共に、暗闇から一人の男が現れた。


その男の顔を見て、アランは反射的に片膝をついた。


エレノアは立ったままである。


アランは急いで鋭く声をかけた。


「エレノア、ひざまずけ。ジェラール陛下だ」


そう言うと、エレノアもさっと両膝を床についた。


欠伸をしながら忽然と二人の前に現れたのは、この国の王だった。

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