第37話 禁書の歴史

反公序良俗取締法。


先王が発令した悪名高き法令で、今なお「我が国のみならず人類史にとっての汚点」という最低評価をほしいままにしている。


施行から廃止までの期間は約五年間だったが、この悪法により国中凄まじい言論統制と思想弾圧の嵐が吹き荒れ、人心は恐怖と猜疑の渦に陥った。


秩序妨害もしくは風俗壊乱の理由で発禁処分を受けた書物は「禁書」と呼ばれ、所有および閲覧が禁止。


当初は明確な王政批判を謳った書物に狙いが集中したが、次第に検閲行為はエスカレート。


重箱の隅をつつくような理由で処分を受ける例が多発し、発禁処分を受けた件数は最終的に一万点近くにのぼると推定されている。


以上が、近現代史の本を読み漁ってアランが確認した禁書の歴史だ。


もしソロンの指摘したとおり、書庫で見当たらない書物がすべて禁書なら、すでに先王の時代に焼き払われている可能性もある。


とにかく確認を急ぎたかったが、年の瀬のため、書庫への立ち入りを許されたのは今日の正午までだった。


昼を過ぎてもアランがあと少しと粘っていると、書庫管理の役人が無理やりアランを建物の外へ追い出した。


次に書庫で作業ができるのは、新年の儀式がすべて終わってからだという。


渋々家に帰ったアランは、仕方なく書斎の整理をしていたが、つい途中で本を読んだり脱線してしまい、片づけはちっともはかどらなかった。


「兄上! ぼーっとしてないで手を動かしてください」


立っているだけの邪魔な兄に向かって、一人きびきびと働いていたデュークがついに声を荒げた。


「あ、ああ。悪いな。来てくれたのに手伝わせてしまって」


「まったくですよ。兄上、また本が増えましたね」


「そんなはずない。厳選して買ってるんだから。あ、机の上は触らないでくれ」


「そんなこと言ってたら永遠に片づきませんよ! 今年もあと三日なのに」


デュークは口では盛大に文句を言いつつ、本や書類を元の場所に戻し始めた。


「疲れただろ。グエルに頼んでお茶の時間にしよう」


「結構です。僕は母上に頼まれて兄上が年末いつ帰ってくるのかを確認しに来ただけですから。それを聞いたらすぐに立ち去ります」


「何を言ってる。俺は本邸には帰らないぞ?」


「はぁ!? 兄上こそ何を言ってるんです!」


「だって家を出てまだ三か月しか経ってないぞ」


「そんなの知ったこっちゃありませんよ! 母上は兄上のために肉やら菓子やら用意して待ってるんですよ。いいですか、絶対に帰ってきてください。母上が悲しみます」


「でもなぁ。年始は客の出入りがあるから母上も忙しいだろうし」


「その心配は無用です。父上が年末年始も宮廷に出仕することになったので、例年より我が家への訪問客は少ないはずです」


「父上はそんなに忙しいのか?」


「陛下がここしばらく体調を崩されていましたからね。最近ようやく公務に復帰されたそうで、その影響もあるみたいです」


アランは初耳だった。


王宮内で働いていても、そんな話はめったに聞こえてこない。


言いたいことは全部言ったのか、デュークは「とにかく絶対に帰ってきてくださいよ!」と念押しして書斎を出ていった。


階下でグエルがデュークを見送る物音が聞こえてくる。


アランはふぅと息をついた。


デュークや母が気にかけて帰ってこいと言ってくれるのは素直に嬉しいが、できれば今回はこちらにとどまりたかった。


たとえ王宮の書庫が閉まっていても、部屋で一人資料を読んだり思索することはできる。


アランは窓際の机に目を向けた。


先ほどデュークに触らないでくれと頼んだが、四日前に古書店で買ったばかりの本も積まれている。


アランは店主との会話がここ数日ずっと気にかかっていた。


どうしてアランに「異端かぶれ」と言ったのかと質問すると、店主の答えはこうだった。


『お客さんが買った三冊の本だが、マーレンの絵本には不老石をめぐる話が出てくる。山岳民族の本には、死者は蘇るという古代の生命観に基づいて祭礼や死者の埋葬を行う部族の記述がある。植物事典は薬効に特化した内容だが、かなり際どい成分について詳しく書かれている。つまり劇薬と毒薬の専門書だ。どれか一冊なら気にしなかったんだが、三冊いっぺんに出されたもんだから、お客さんが異端の領域に手を染めてるんじゃないかと早とちりしてしまったんだよ。悪く思わないでくれ。この界隈は流れ者や学者くずれが多い。当然、憲兵も目を光らせている。商売をやってくには気をつける必要があるってことを理解してもらえると嬉しい』


言われた時は、なるほど、そういうこともあるのかと思ってそのまま店を出たのだが、後からアランの中で言葉にできない違和感が生じ、それはこの数日間でさらに大きくなっていた。


アランは部屋の片づけを続けていたが、ふと違和感の正体に思い当たり、持っていた雑巾を床に放り出すと、慌てて机の上から羊皮紙の束を引っ張り出した。


ソロンに見せた書庫の紛失本リストだ。


そのリストには、古書店で購入した三冊の本も当然入っている。


次に部屋の窓の外に目を向けると、空はまだ明るい。


急いで出かければ、門が閉じる前に王宮に到着できそうだった。


取るものも取りあえずアランは外へと飛び出した。

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