第29話 違和感の正体
夕方、閉門直前に王宮の中へすべり込むと、アランは書庫へ向かった。
出入り口付近に書庫管理の役人の姿が見当たらなかったが、中の灯りはまだ消えていなかったので、アランは構わずそのまま奥に進んでいった。
ここずっと感じていた違和感の正体をどうしてもすぐに確かめたかったのだ。
書庫の奥には小さな展示スペースがあり、ガラスケースの中には開かれた状態の本が何冊か飾られていた。
どの本にも朱線や塗りつぶしの痕跡があり、ページの一部が切り取られている場合もある。
かつて『禁書』だった本たちだ。
本の横には説明書きも添えられている。
先王レオナールの時代、新規の出版物は発行日前に内務府検閲局に納品され、発禁処分となった本は検閲局が保管していた。
それらの本の多くも焚書の憂き目を見たが、難を逃れた少数の本については後に書庫へ移管され、教訓として現在の公開展示へと至った。
そんな来歴が記されていた。
アランは書庫に通うようになってわりとすぐの段階でこの展示スペースの存在に気づいていたが、ちゃんと意識したのはソロンと話した後のここ数日のことだった。
人間、アンテナを張っていないと、どんなに近くにあっても意識に引っかからないというのは本当らしい。
アランが書庫に戻ってきた目的は、この展示スペースの片隅に置かれている巻物だった。
こちらは手に取って中身を確認することができる。
展示スペース近くの閲覧台で巻物を広げると、中面には書名とその著者名がびっしりと羅列されていた。
検閲局発禁図書一覧。
要は完全版の禁書目録である。
アランは巻物をしばらく丹念に読み込みながら、曖昧だった違和感の正体がはっきりしていく手ごたえを感じていた。
アランが感じていた違和感の正体。
それは、なぜ禁書の中に異端に関する本が混ざっているのか、ということだった。
禁書は先王レオナールが主に王政批判を封じて風紀を取り締まるために人々に読むことを禁じた本である。
一方、異端というは、先王レオナールの悪政に苦しめられた人々が、先王憎しの立場で忌避している魔術や呪法のことである。
つまり先王の時代において現在の異端は異端ではなかったはずだ。
なのにどうしてレオナール王はわざわざ禁書に指定して人々の目に触れさせないようにしたのだろうか。
アランは羽織っていた外套の内ポケットから羊皮紙の束を取り出した。
お手製の紛失本リストである。
家を出る前、このリストに印をいくつか入れておいたが、それらは全て異端に関係していそうな本だ。
ざっと書名を見て判断しただけでも数十冊はくだらなかった。
巻物の方にも、いわゆる現在で言うところの『異端本』が何冊も含まれている。
ここ数日アランの頭を悩ませていた違和感の正体については判明したが、かえって謎は深まってしまった。
今日はもう切り上げて、見つからないうちにこっそり外に出てしまおうと思った時、視界の端を誰かがふっと通り過ぎた。
灯りはついていても夕方を過ぎると書庫の中は全体的に薄暗い。
よく見えなかったが、それでも明らかに書庫管理の役人の姿ではなかった。
相手もアランの存在に気づいたのか、アランの目を逃れるように急に速度を上げて通路を駆け出した。
「待てっ」
不審者かと思い、アランは後を追いかけた。
前方でひらひらと相手のマントの裾が揺れている。
すぐにアランは追いつき、不審者の肩をつかんだ。
その人物が羽織っていた丈長のフードマントに既視感を覚えた瞬間、フードが脱げて相手の頭部が露わになった。
「アラン様……」
「エレノア? どうしてここに」
エレノアが何も言わないので数秒ほどそのまま二人で立ちすくんでいたが、急に室内の灯りが消え、周囲が暗闇になった。
出入り口の方から、ぎぃーっとドアが重々しく閉まる音がかすかに響いてきた。
しまった、と思ったが、暗くてすぐには動けない。
年末の開館最終日の夜、アランとエレノアは二人で書庫の中に取り残されたらしかった。
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