第22話 書庫

王宮の書庫は行政を司る他の建物群から少し離れた場所に位置し、二階建ての石造りの外観は周囲の中ではあまり目立たないが、中に入るとその印象はくつがえる。


書架がずらりと壁一面に並び、柱に施された浮彫や天井画など内装の美しさは宮殿の大広間にも引けを取らない。


アランはソロンから話を聞いた時、焼け落ちた無残な部屋の有様や灰と化した書物の残骸といった光景を勝手に思い浮かべていたのだが、いざ訪れてふたを開けてみれば、書庫の中は煤けているどころか、床にほこり一つ落ちていなかった。


一見したところ、なんの被害もなさそうである。


それは大変に喜ばしいことだったが、悲壮な使命感を胸に学術院から派遣されてきた面々はどこか肩透かしをくらったような気分になり、中には「いったい我々に何をしろというんだ」と怒り出す者までいた。


応対していた書庫管理の役人は「私も上から詳しいことは聞かされていませんでして」としどろもどろに答えるばかりで、要領を得ない。


聞けば、この役人は朝から夕方の定刻まで書庫の入口で見張りをしている門番で、書庫の中身についてはまったく把握していないのだという。


出火の話も就業時間外の真夜中に起きたことなので、むしろ自分の方こそ誰かに状況を教えてほしいと愚痴をこぼす始末だった。


この役人を問い詰めても埒が明かないというのはわかったので、とりあえずアランたち一行は事前に用意されていた目録の写しと実際の蔵書を照らし合わせて問題がないかを確認することになったのだが、王宮の書庫の収蔵数は十万冊以上にものぼる。


初日こそ居合わせた全員が作業に参加したのだが、こんな単純作業に教授陣を参加させる必要はあるまいということで、翌日からはアランや若い学士を中心に作業にあたることになった。


最初のうちは五、六名ほどいたのだが、アラン以外の学士は聴講や教授の手伝いがあるというので日に日にその人数も減っていき、一週間も経つ頃には書庫にいるのはアランだけという状況になってしまった。


仕方あるまいとアランは諦め半分で一人黙々と作業を続けていたのだが、目録の四割を確認し終えたあたりで、ふと首をかしげる羽目になった。


どうにも妙なのである。


目録にある本が、途中から一部ごっそりと見当たらない。


けれど書棚はどこも隙間なく本の背表紙で埋まっている。


書庫管理の役人に外へ運び出した本はあるかと尋ねてみると、書庫の本は持ち出しが禁止されているので、それは絶対にないという。


まさか件の出火で焼失してしまったのかとも思ったが、書庫の中をくまなく歩いても、そんな痕跡は見当たらない。


目録に記されている本はいったいどこに行ってしまったのかとアランが書棚の前で考え込んでいると、背後から声がかかった。


「なんだかひどく思い悩んでいる様子だね」


振り返ると、ウィルがにこやかな顔で立っていた。

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