第21話 ソロン

不思議な路地裏に迷い込んでから一週間後。


論文を完成させたアランは学術院を訪れていた。


事務所の窓口で正本と写しの二部を提出し、恩師にも挨拶をしていこうと研究室の部屋を訪ねると、折り悪く恩師は不在だった。


「急な予定が入ったとのことで、今日は朝からずっと外出されています」


応対してくれた学士の少年がそう教えてくれたので、アランはそのまま帰ろうと出口に向かい、中庭の回廊を歩いているところで、たまたま恩師の後ろ姿を発見した。


「ソロン先生」


アランが駆け寄って挨拶すると、ソロンは足を止めて振り返った。


背はそれほど高くないが、かっちりした頑丈そうな体つきに、もじゃもじゃの眉の下から鋭く聡明な眼光を放っていた。


「アランか。今時分ここにいるということは、論文が完成したのか」


「はい。さっき提出してきました。先生のお部屋にもうかがったのですがご不在とのことだったので、お会いできてよかったです」


ソロンは大きく一つうなずくと、アランにこの後予定はあるのかと尋ねた。


論文を提出したばかりなので、することといえば散らかりきった書斎の片づけくらいである。


そう答えると、立ち話もなんだということで、そのままソロンの研究室に場所を移すことになった。


先ほども会った学士の少年がお茶を用意してくれ、二人はしばらく互いに近況の報告などをしていたのだが、ソロンは思い出したように顔を曇らせた。


「そういえばアランの親父殿は内務府の長官だったな。王宮の書庫の話はもう聞いてるか?」


「いえ」


アランは首を横に振った。


おそらくソロンはアランが以前と同じように実家で父のロシュフォールド公爵と一緒に暮らしていると思っているのだろう。


「そうかい。そのうちおまえさんの耳にも届くだろうが、書庫の中から出火があったらしい」


そう聞いてアランは目を剥いた。


王宮の書庫には貴重な書物や文献が数多く保管されている。


もし焼失していたら、とんでもない損失である。


「被害は?」


アランはほとんど腰を浮かしながらソロンに尋ねた。


「具体的な調査はこれからだが、まったく被害がないということはないだろうな」


沈痛な面持ちのソロンだったが、ふと何か思いついたような表情を浮かべた。


「王宮から学術院に協力要請があってな。書庫復元のためにうちから人を何人か派遣することになった。それでさっきまで打ち合わせで出かけていたんだが、君も手伝ってくれないか? 論文の審査はしばらく時間がかかる。結果は年明けになるだろうから、期間的にもちょうど同じくらいだ。君は王宮にも詳しいだろうし、うってつけだと思うんだが」


つい最近、父親のコネで仕官するのを頑なに拒否していたアランだったが、これは話が別である。


アランは一も二もなくソロンの話を了承した。

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