第29話 辻占

その日、アランは町はずれにある古書店を訪れていた。


散歩中にたまたま見つけた店で、ふらりと立ち寄ってみたところ、狭いながらも古い歴史書や地図が充実していた。


論文の資料を探すにはもってこいだったので、以来アランは足しげく通っていた。


白髪の男性店主は毎回長居しても文句を言わず、アランのことは知らん顔で読書したりうたた寝している。


昼過ぎに店を訪れ、本を取ってはページをめくることを繰り返し、一冊買って外に出た時にはもう夕方になっていた。


帰り道を歩いていると、通りをはさんでエレノアらしき人物がアランとは逆方向に歩いていく姿を目にした。


「エレノアっ」


大声で呼び止めたが、聞こえなかったのかエレノアは細い横道に入っていった。


舞踏会の翌日、アランは朝一番にウィルの屋敷を訪ねたが、エレノアはそれより早くウィルの屋敷を立ち去っていた。


エレノアに目立った怪我はなく、王宮からの帰り道も落ち着いた様子だったので問題ないだろうとウィルには聞かされていたが、気になって後日食堂に行ってみると、エレノアは突然店を辞めてしまっていた。


アランは往来をつっきり、エレノアの後を追った。


横道に入ると細い路地になっていて、エレノアはおろか人の気配がまったくない。


密集する建物の間を進んでいくと、奥は迷路のように道が入り組んでいた。


いったん立ち止まると、いきなり声をかけられた。


「ちょいと、そこのおまえさん」


すぐ近くの建物のひさしの下から、辻占の老婆がアランを手招きしていた。


「魔よけの札は要らんかね?」


辻占の前には机代わりの木箱が置かれ、その上にお札や念珠、不思議な形をした像が所狭しと並んでいた。


「いや、けっこう」


アランはそのまま通り過ぎようとしたが、辻占はめげずに声をかけてきた。


「幻覚に惑わされて迷い込んでくる輩はたまにいるけど、これまたずいぶんな魔物に魅入られているようだねぇ」


振り返ると、辻占がアランのことをじっと見つめていた。


老婆だったはずの顔が、妖艶な女に様変わりしている。


アランはぎょっとした。


もう一度よく目をこらすと、辻占の顔には元通り深いしわが刻まれていた。


単なる見間違いだったのだろうが、奇妙な感覚が全身にまとわりついていた。


来た道を引き返そうとして足早に歩き始めたアランだったが、今度は辻占の声が耳元で響いた。


「おまえさん、本当に気をつけたほうがいい。見たいものを見たいように見ようとするのが人間のさがだが、あれは少女の皮をかぶった化け物と同じ。おまえさんの手に負える代物じゃない」


ぞっとして後ろを振り返ると、辻占の姿は荷物ごと跡形もなく消え去っていた。

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