第20話 辻占
舞踏会の一週間後、アランは町はずれにある古書店を訪れていた。
付近を散歩している時にたまたま見つけた店で、ふらりと立ち寄ってみたところ、狭い店内ながらも古い歴史書や地図が充実していた。
執筆中の論文の資料を探すのにもってこいだったので、以来アランは足繁く通っていた。
白髪の男性店主は、毎回アランがどれだけ長居しても文句を言わず、知らん顔で読書したりうたた寝している。
昼過ぎに店を訪れたアランは、その日も本を手に取ってはページをめくることを繰り返し、一冊だけ本を買って外に出た時には空が茜色に変わっていた。
そのまま家に帰ろうとして表通りを歩いている途中、アランの進行方向とは逆向きにエレノアが歩いていく姿を目にした気がした。
思わず立ち止まって振り返ると、エレノアらしき人物は横道へ入っていった。
一瞬だけ迷った後、アランは追いかけることにした。
舞踏会の翌日、アランはエレノアの様子が心配でウィルの屋敷を訪れたのだが、到着した時にはもう、エレノアはウィルの屋敷を去った後だった。
ウィルも引き止めたそうだが、エレノアは行き先を告げず朝一番に出ていったという。
大きな怪我などもなく、王宮からの帰り道もずっと落ち着いた様子だったので問題ないだろうとは聞いていたが、それでもずっとどこか心の片隅で気にかかっていた。
横道に入ると既にエレノアの姿は見当たらず、そのまま直進してみたものの、路地は密集する建物の間を縫うように入り組んで広がっていた。
道に迷いかけて足の速度を緩めたところで、いきなり声をかけられた。
「ちょいと、そこのおまえさん」
すぐ近くの建物の庇の下から、辻占の恰好をした老婆がアランを手招きしていた。
「魔よけのお札は要らんかね?」
よく見ると、辻占の前には木箱が置かれ、その上に札や不思議な形の像、念珠などが並べられていた。
「いや、けっこう」
アランは足早に立ち去ろうとしたが、辻占はめげずに声をかけてきた。
「幻覚に惑わされてこの路地裏に迷い込んでくる輩は時々いるが、おまえさんはこれまたずいぶんな魔物に魅入られているみたいだねぇ」
振り返ると、辻占がじっとこちらを見据えていた。
その顔が、ひどく妖艶な女に若返っているように見え、アランはぎょっとした。
もう一度よく見ようと目を凝らした時には、やはり辻占の顔にはしわが深く刻まれていたので、単なる見間違いに過ぎなかったのだろうが、アランはどうにも奇妙な感覚に全身がとらわれ、すぐにでも人通りの多い道へ引き返そうと思った。
足早に歩き始めたアランだったが、再び辻占の声が聞こえてきた。
「おまえさん、本当に気を付けたほうがいい。人は見たいものを都合よく見ようとする生き物だけど、あれは少女の皮をかぶった化け物だ。おまえさんの手に負える代物じゃない」
まるで耳元でささやかれたような気がして咄嗟に後ろを振り返ると、先ほどまで辻占がいたはずの場所からは、荷物も含めて跡形もなく姿が消え去っていた。
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