第28話 取り調べ
衛兵に案内されてアランとロザモンドが一緒に向かった部屋では、件の男が中でわめき散らしていた。
「だから俺はだまされたんだよ、あのクソ女に。何度言えばわかるんだ、この低能が」
悪態をつく男の向かい側では、机をはさんで別の衛兵が辛抱強く話を聞いていたが、部屋に入ってきたロザモンドの姿を目にすると、すぐに立ち上がって敬礼した。
男も椅子に座ったまま後ろを振り返ったが、ロザモンドを見るなり再び騒ぎ出した。
「おまえ、あの時のっ……! 俺に怪我させて、ただで済むと思うなよ」
話を聞いていた衛兵がロザモンドに近づき、声を落として状況を説明した。
「あの男、自分は被害者だと主張しております。しかも近衛府に所属しているようでして」
いかがいたしましょう、と衛兵が視線で問いかけていた。
「私が話を聞く。近衛府にも状況は伝えておけ」
「はっ」
衛兵はうなずくと、すぐに伝令として走っていった。
代わってロザモンドが男の正面に回って腰を下ろした。
「おまえは自分のことを被害者だと訴えているそうだが、どういう意味だ」
「はぁ? どうして俺が貴様にそんなことを話す必要がある」
ロザモンドは口元に笑みを浮かべると、いきなり男の襟首をつかんで、ぐいと引き寄せた。
「いいか、もう一度言う。何があったのか説明してみろ」
男は息が苦しいのか、何度も頭を上下に振ってみせた。
ロザモンドが手を放すと、男は荒い呼吸で話し始めた。
「酒を飲んでたら、先にあの女が声をかけてきたんだよ。話してるうちに女が外に出ようと言ってきた。そんなの誘ってると思うに決まってるだろ、普通。なのにいきなり大声で叫びやがって。しかも猪みたいにおまえが突進してきやがった。どう考えても俺が一番の被害者だろうが」
しばし沈黙した後、ロザモンドは凄絶な笑みを浮かべた。
「堕ちたものだな、近衛隊も。まさかおまえのような低俗な人間が所属しているとは。あきれて物も言えない。よからぬことを企んでいたのは事実だろうが。恥を知れ」
怒りのせいか男はぶるぶると唇を震わせていたが、そこへ新たに二人の人物が現れた。
うち一人は、部屋に入るなりロザモンドの姿を見て声をあげた。
「ロザモンド様っ……! マーサから報告を受けて、私はその場で卒倒しそうになりましたよ。日頃から言動をお慎みくださいと、あれほど口を酸っぱくしてお願い申し上げているではありませんか」
「侍従長。言っておくが、今回は私も巻き込まれただけだからな」
「そんな言い訳が通用するとお思いですか!」
目くじらを立てる侍従長をよそに、ロザモンドはもう一人のほうに目を向けた。
「で、近衛隊長も私に文句を言いに来たのか?」
「私は己の職分を果たしに来たまでです」
近衛隊長は冷ややかに答えると、椅子の上で縮こまっていた男を見やった。
先ほどの威勢はどこへやら、男の顔面は蒼白になっていた。
「た、隊長……自分は」
近衛隊長はつかつかと男に近づくと、片手で男の体を持ち上げて床に落とした。
どすんと音がして床の上に伸びた男の背中に、近衛隊長は腰につるしていた剣の鞘を押し当てた。
「殿下の御前で頭が高い。申し開きがあるなら言ってみろ」
男は急所でも圧迫されているのか、苦しそうに顔をゆがめていたが、どうにか口を開いて弁明を試みた。
「ま、まさか王女様とは露知らず……ですが私は決してやましいことなど一つもしておりませんっ……」
アランは男のずうずうしさにいっそ感心しかけたが、近衛隊長は剣をひねると、鞘の先端を男の体にさらに食い込ませた。
「知っているぞ、貴様のことは。親に官位だけ買ってもらい、訓練には参加せず、出仕もほとんどしていなかったな。だから王女殿下の見分けもつかないという滑稽な状況になる」
男はよほど痛いのか、こらえきれずに叫び声をあげた。
侍従長など、さも自分が痛いかのように顔をしかめていたが、近衛隊長は力の加減を緩めるつもりはなさそうだった。
「この隊員の処遇はお任せいただけますね」
近衛隊長がロザモンドに許可を求めたが、それは自分の職権に干渉するなと牽制しているようにも聞こえた。
ロザモンドが肩をすくめて椅子から立ち上がったので、アランはすぐに手を差し出した。
「あの、ロザモンド様。そちらの方は?」
侍従長がもの問いたげな視線を投げかけていたので、アランはロザモンドの手を取ったまま侍従長に会釈した。
「アラン・ロシュフォールドと申します」
「ロシュフォールドというのはもしや……」
「ロシュフォールド卿の息子だ」
ロザモンドが補足すると、侍従長は納得の表情を浮かべた。
「いや、そうでしたか」
ここで近衛隊長から早く出ていくようにと無言の圧力がかかってきたので、アランはロザモンドの手を引いて部屋を出た。
長い廊下を歩いていったん建物の外に出ると、そこでロザモンドはついに限界がきたのか、足がもつれて転びそうになった。
アランの記憶が定かなら、王女宮まではまだ距離がある。
周囲に人目がないことを確認すると、アランはひょいとロザモンドを背負った。
「お、おいっ」
「こら、暴れるな。落ちるだろ」
ロザモンドがぴたりと動きを止めたので、アランはおんぶしたまま歩き出した。
「重くないか?」
ロザモンドの心配そうな声に、アランはぷっと吹き出した。
「何がおかしい」
「いや、ごめん。昔ほど軽くはないけど、背負えないほどの重さじゃないよ」
「そういう時は重くないって言うもんじゃないのか」
「そうなのか?」
アランは真面目に聞き返した。
「いや、いい。アランはそういう人間だってこと忘れてた」
ロザモンドはしばらく背中の上でおとなしくしていたが、そのうちぽつりと話し出した。
「この二年間、アランは今頃どうしてるだろうとよく考えてた。やりたいことは見つかったのか?」
アランは遊学の直前、出発の挨拶をしに王宮を訪ねた日のことを思い出した。
どうしてわざわざ王都を離れるのかと質問してきたロザモンドに対して、アランの返した答えが「やりたいことを見つけるため」だった。
きっとロザモンドもそのやりとりを覚えていたのだろう。
あの時の言葉に嘘はなかったが、二年という時を費やしても、アランはやりたいことを見つけられた気はしなかった。
むしろ迷いだけが深くなったかもしれない。
何者かになりたいと願っているのに、何をしたいのかも、何をどうすればいいのかもわからず、自分と周囲の目をごまかすように、ただ闇雲に動き回っていただけ。
王都に帰ってきた後は、またすぐに家を出てしまった。
己の選択や行動が間違っていたとは思わないし、後悔しているわけでもない。
それでも身の内にはいつからか焦燥感がずっと巣くっている。
先ほど対面した父は、仮面越しにアランのことをじっと見ていた。
何も言わなかった父。
何も言えなかった自分。
本当は「話さなかった」のではなく、父には自分の内心を底まで見透かされているようで、面と向かって「話せなかった」だけなのかもしれない。
けれどそれをロザモンドに打ち明けるつもりはなかった。
「今は遊学中の手記をまとめているんだ。うまくいけば学術院で助師の仕事ができるかもしれない」
「そうか……そうだったんだな。ならよかったよ。安心した」
ロザモンドはそう言ってくれたが、アランは急に腕が重くなったような気がしていた。
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