第18話 王女と松葉づえ

ウィルからロザリーのエスコート役を任されたアランだったが、当初、大広間の入口までつきそった後は中には入らず、そのままウィルの屋敷に向かおうと考えていた。


エレノアのことが気になっていたし、ロザリーが姿を見せれば、ぞろぞろと大勢の人間が立ち代わり入れかわり現れるはずなので、アランはお役御免になるだろうと思ったからである。


庭園を大回りして王宮の中に入り、大広間の扉の手前でロザリーの腕をほどこうとしたところ、ロザリーにがしっと腕をつかまれた。


どうしたのかと目を向けると、ロザリーは必死な形相でアランのことを見つめていた。


「アラン、頼む。行くな。このまま隣で私のことを支えていてほしい」


ロザリーのまなざしは真剣そのもので、顔色は心なしか青ざめていた。


アランの知っているロザリーとはどこか様子が違っている。


「ロザリー? どうしたんだ」


そう尋ねると、ロザリーはしばらくためらった後、小声でぼそりとつぶやいた。


「足を…くじいた……一人じゃたぶん歩けない……」


アランは絶句した。


そういえば、先ほどエレノアが『そちらの女性が男に飛び蹴りして助けてくださいました』と言っていたが、その時だろうか。


「無理しないで医官に診てもらったほうがいい」


アランはそう勧めたが、ロザリーは首を横に振り、頑として言った。


「いや、もう舞踏会の開始時刻を過ぎている。遅れるにも限度がある。このまま行く」


ロザリーの目はすわっていた。


こうなるとアランでは止められない。


やはりウィルがこちらに残るべきだったかと思ったが、今さら言ったところでどうしようもない。


後ろにいる侍女や随身たちからは、どうして中に入らず立ち止まっているのかといぶかしむ気配が伝わってくる。


ここはもう腹をくくるしかなかった。


「辛くなったら合図を送れよ、ロザリー」


小声でささやくと、ロザリーは無言でわかったとうなずいた。


アランはもはやエスコート役というより松葉づえ代わりのつもりである。


もう一度きちんと腕を組み直して広間の中に入ると、一瞬の静寂の後、王女の到来がラッパの音と共に高らかに告げられた。


それから後はアランの予想通り、ロザリーは終始大勢に囲まれ、息つく間もなかった。


老貴族にダンスの相手を請われた時もロザリーは平然と一曲踊り切り、片時も笑みを絶やさなかった。


一度だけ父のロシュフォールド公爵がロザリーのところへ挨拶に来たが、公爵は隣に立っていたアランにちらりと視線を向けただけで、特に親子の会話を交わすこともないまま、ロシュフォールド公爵は立ち去った。


「話さなくていいのか?」


ロザリーは気にしていたが、アランは父とどうすべきなのか正直よくわかっていなかった。


今はむしろロザリーの足が最後までもつかどうかのほうが気がかりなくらいだった。


けれどロザリーにそう言ったところで、本人は「大丈夫」とますます強がるだけだろうと思ったので、代わりに別の言葉を口にした。


「俺のことは気にしなくていい。それよりそっちの父上のほうは?」


舞踏会が始まってからずっと、国王の姿を見かけていなかった。


「今日はおまえが主役だから自分は衆人の前には姿を現さん、って言ってたけど、どうだかな……仮面をつけて会場のどこかに紛れ込んでいるかもしれない。気まぐれな人だから」


ロザリーはどこか遠い目をした。


そんな会話を差しはさみつつ、舞踏会はどうにかつつがなく進行し、日付が変わる直前、アランはロザリーの手を引いて大広間を無事に退出した。


扉が閉まった瞬間、アランは思わず大きな息をついた。


ロザリーも同様だったが、気が抜けたのか、よろりと体が傾きかけた。


とっさにアランは両腕でロザリーの体を支えた。


すぐ後ろにいた年かさの侍女もロザリーの背中に手をそえた。


「大丈夫だ」


ロザリーはアランと侍女にうなずくと、再びすっくと背筋を伸ばした。


人前では決して姿勢を崩さない。


筋金入りの王女っぷりである。


立派な心がけではあるが、相当足は痛んでいるはずである。


もう今日は無茶するな、と言いかけたところで、近衛兵がつかつかと廊下の向こうから歩いてきて、ロザリーの前で敬礼した。


「王女様。先刻捕らえた男の件で、少し問題が起きております」


アランとロザリーは互いに顔を見合わせた。

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