第26話 仮面
一足先に王宮を後にしたウィルとエレノアだったが、帰りの馬車の中はしんとしていた。
エレノアが危うく襲われそうになった後なので、ウィルもあえて黙っていたのだが、しばらくしてエレノアのほうからウィルに話しかけてきた。
珍しい、というか、初めてのことである。
「教えていただきたいのですが」
「なんだい」
エレノアは、膝にのせていた仮面の下から、別の仮面を取り出した。
ウィルがエレノアのためにと用意した女物の仮面の下に、重ねて持っていたらしい。
「この仮面はよくある形なのでしょうか?」
それは髑髏をモチーフにした独特の仮面で、大きな二つの眼窩がくり抜かれていた。
「見るのは初めてだな。あまり趣味がいいとは言えないね」
「そうですか……」
「どうしたの、それ」
「襲ってきた男が飛び蹴りされた時に落とした仮面です」
「ふーん。自分を襲おうとした男の仮面を、わざわざ拾って持ってきたの?」
「……昔、これとよく似た仮面を見たことがあったので」
それきりエレノアは口をつぐんで、じっと仮面を見つめ続けていた。
その様子はウィルにどこか奇異な印象を与えた。
「エレノアちゃん。僕も一つ質問があるんだけど。植え込みの陰で押し倒されそうになったって言ってたけど、その話は本当?」
「どういう意味でしょうか?」
「叫び声が聞こえる直前、月明かりで君の姿が遠目にちらっと見えた気がしたんだ。その時は、むしろ君が男を先導して植え込みの中に入っていったように見えた。誰も他に気づいてなかったみたいだし、確信はないんだけどね」
「では見間違いかと」
エレノアは淡々と答えた。
その少しも動じていない様子が、かえってウィルに自分が見た光景の正しさを証明しているような気がしたが、それ以上の詮索はやめておいた。
「じゃあそういうことにしておこう。君は期待以上にいい仕事をしてくれたから。うーん、このまま手放すのは惜しい気がしてきた。シリルと一緒に僕の下で働くっていうのはどう?」
「お断りします」
「そんなつれないこと言わないで」
「もし可能なら、以前おっしゃっていた話をお受けしたいです」
何を話したっけ、とウィルは記憶をたぐり寄せ、エレノアの言っている意味を理解した。
「……へぇ、そうきたか」
ウィルはエレノアをしげしげと見つめた。
「君、やっぱり面白いね。僕におねだりする女性は多いけど、それで僕の意表をつくことができる人間は珍しい。やっぱり手放すには惜しいな」
「恐れ入ります」
エレノアはいつもどおり、にこりともせずに返事した。
その手元では、不気味な表情の髑髏仮面が虚ろな目でエレノアのことを見上げていた。
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