第17話 ウィルとエレノアの取引②

一足先に王宮を後にしたウィルとエレノアは、馬車の中で隣り合わせに座っていたが、最初のうちはほとんど会話らしきものはなかった。


エレノアが危うく襲われそうになった後なので、普段は饒舌なウィルもあえて黙っていたのだが、珍しくエレノアのほうからウィルに話しかけてきた。


「教えていただきたいことがあるのですが」


「なんだい」


エレノアは、膝にのせていた仮面の下から、別の仮面を取り出した。


ウィルがエレノアのためにと用意した女物の仮面の下に、重ね持っていたらしかった。


「この仮面のデザインは、よくある形なのでしょうか?」


白い髑髏をモチーフにした仮面で、大きく空いた二つの眼窩が、不気味にウィルを見据えていた。


「あんまりぞっとしないね。どうしたの、それ」


「私に抱きついてきた男をドレスの方が飛び蹴りした時、地面に落ちたものです」


「ふーん。自分を襲ってきた男の仮面を、わざわざ拾って持ってきたの?」


「……昔、これとよく似た仮面を見たことがあったので」


「なるほどね。僕はあんまり見た記憶がないな」


「そうですか……」


それきりエレノアは手元の仮面にじっと視線を落としていたが、その様子はウィルにどこか奇異な印象を与えた。


「エレノアちゃん。僕も一つ質問があるんだ。男に植え込みに引っ張りこまれたって言ってたけど、その話は本当?」


「どういう意味でしょうか?」


「庭園で君の叫び声が聞こえる直前、実は君の姿が遠目にちらっと見えた気がしたんだ。その時は、むしろ君が男を先導して植え込みの中に入っていったように見えたんだけど。他の人間は気づいていなかったみたいだし、見えたといっても月明りだけだったから確信はないけどね」


「ではおっしゃる通り見間違いかと」


エレノアは淡々と答えた。


少しも動じていない様子が、かえってウィルに自分が見た光景の正しさを証明しているような気がしたが、それ以上詮索するのはやめておいた。


「じゃあそういうことにしておこう。君は期待以上にいい仕事をしてくれたし。あ、そういえば例の『お願いごと』はもう決まった?」


エレノアはウィルを値踏みするように見つめた後、おもむろに口を開いた。


「情報屋を紹介していただけませんか。できればとびきり腕利きの」


「……へぇ、そうきたか」


ウィルはエレノアを興味深そうにしげしげと見つめた。


「君、やっぱり面白いね。僕におねだりをする女性は多いけど、それで僕の意表をつくことができる人間は珍しい。やっぱり手放すには惜しいな。王宮で働く気がないなら、いっそこのまま僕の屋敷に残って働くっていうのはどう?」


「考えておきます」


エレノアはいつも通り、にこりともせずに返事した。


その手元では、髑髏の仮面が不気味な表情を浮かべていた。

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