第25話 不埒な男

アランはエレノアを捜したが、どこにも姿が見当たらなかった。


大広間は庭園に面し、外も使えるようにテラスが開放されている。


中は混み合っているのでそちらに移動したのかもしれないと考え、アランは外に出た。


酔いをさましたり談笑している人の姿はちらほらと見かけたが、エレノアは見つからなかったので室内に戻ろうとしたところ、衛兵が数人走って庭園を横切っていった。


衛兵たちは王宮の各所で警備の任務に当たっているので、見かけてもなんら不思議はないのだが、今しがたの慌ただしそうな様子に、アランはそこはかとない胸騒ぎを覚えた。


少し迷ってから、アランは衛兵たちの後を追いかけることにした。


暗くて視界が悪いので、走りながら仮面は無理やり外してしまった。


すぐに衛兵たちに追いつくと、そこでなにやら騒ぎが起きていた。


貴族と思われる男が地面にのされ、ドレス姿の女性がその男をピンヒールで踏んづけている。


女性は後ろ姿しか見えなかったが、それでも烈火のごとく怒っているのは伝わってきた。


衛兵たちも女性のド迫力に気圧されているのか、直立不動で事態を見守っているだけである。


そんな中、やんわりと女性をたしなめる声がした。


「ロザリー、もうそのくらいで。あとは衛兵たちに」


アランはおや、と思った。


ウィルの声である。


とすると、あの後ろ姿はおそらく……というか、絶対にロザモンドに違いない。


ロザモンドが足をどけると、すぐに衛兵たちが地面に倒れていた男を取り囲み、手荒な様子でどこかへ連行していった。


人垣がなくなり、マント姿のウィルが地面に片膝をついているのが見えた。


その隣でエレノアが地べたに座り込んでいる。


アランは駆け寄った。


「ウィル、何があった」


「神聖な王宮の庭で、エレノアちゃんに悪さをしようとした不届き者がいてね」


アランは色を失いかけた。


「植え込みの陰で押し倒されそうになりましたが、そちらの女性が飛び蹴りして助けてくださいました」


エレノアは少々青ざめてはいたものの、手をついて自力で立ち上がると、ロザモンドに向かって深く頭を下げた。


「助けていただきありがとうございます」


「礼には及ばない。それより本当に大丈夫なのか?」


ロザモンドの声は険しかった。


エレノアのドレスは裾が破れ、髪も乱れていた。


仮面も取れてしまったのか、手に握っている。


ウィルは自分のマントを外すと、それをエレノアの肩にかけた。


「エレノアちゃんは僕がこのまま屋敷に連れて帰ろう」


「なら俺も一緒に」


「いや、アランはここに残ってくれ。僕の代わりにロザリーのエスコートを頼む」


「だが」


アランは自責の念にかられていた。


「アラン様。大丈夫です」


エレノアの声はしっかりしていた。


「ほら、エレノアちゃんもこう言ってる。心配しないで。雇い主として僕にも責任があるから」


そう言われると、アランはうなずくしかなかった。


「じゃあ先に失礼するよ。ロザリー、しっかりね」


ウィルは意味ありげに片目をつぶると、エレノアを連れて立ち去った。


「ロザモンド様。そろそろ大広間のほうに移動しませんと」


近くに控えていた侍女の一人が、気づかわしげにそっと声をかけてきた。


「ロザリー、だよな?」


仮面をつけているのでアランが念のため確認すると、ロザモンドはこくこくとうなずいた。


「久しぶりだな。ウィルはああ言ってたけど、俺がエスコート役で本当に大丈夫か?」


「も、もちろんだ!」


「そうか。悪いな、俺なんかで」


「そ、そんなことは断じてない!」


アランが自分の仮面をつけ直して腕を差し出すと、さすがにロザモンドは流れるような動作で腕を取ったが、体の力み具合はエレノアと大差なかった。


公式行事の主役ともなると、さすがにロザモンドでも緊張するのかもしれない。


アランは一番大切なことをまだ伝えてなかったことに気づいた。


「誕生日おめでとう、ロザリー。直接言えてよかった」


ロザモンドは息をのむと、小さな声で「ありがとう」とつぶやいた。

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