第16話 舞踏会④

アランはエレノアを探したが、大広間を一周しても姿が見当たらなかった。


大広間は庭園に面していて、外のテラスも使えるように背の高いガラス扉が開放されている。


中は人が多いので、エレノアは外に移動したのかもしれないと考え、アランはテラスに出た。


肌寒い時期になってきたので、テラスに出ている人数はそれほど多くはなかったが、酔い覚ましをしたり談笑している人々はちらほらと見かけた。


しかしエレノアの姿はなかったので、やはり中にいるのだろうかと室内に戻りかけたところで、衛兵たちが三人ほど庭園を横切っていく姿を視界の端にとらえた。


衛兵は王宮の各所で警備の任務にあたっているので、姿が見えたところでなんら不思議はないのだが、今しがた見かけた衛兵たちの慌ただしそうな様子に、アランはそこはかとない胸騒ぎを覚えた。


迷った挙句、アランは衛兵たちの後を追いかけることにした。


明かりの少ない場所で仮面をつけていると視界が悪く、アランは走っている途中で仮面を取ってしまった。


庭園は広かったが、すぐにアランは衛兵たちの姿を見つけた。


そこではなにやら騒ぎが起きていた。


近づいていくと、騒ぎの中心では、貴族と思われる若い男が地面にのされ、その男の体をピンヒールの踵で踏んづけている女性がいた。


アランの位置からだと女性は深紅のドレスを着た後ろ姿しか見えなかったが、それでも烈火のごとく怒っているのが伝わってきた。


女性のド迫力に気圧されているのか、その場にいた衛兵たちは直立不動のまま事態を見守っているだけである。


そんな中、女性をなだめる声がした。


「もうそのくらいで。あとは衛兵たちに」


アランはおや、と思った。


ウィルの声である。


ウィルにたしなめられて女性が男から踵をどけると、すぐに衛兵たちが地面に倒れていた男を無理やり立たせ、少々手荒な様子でどこかへ連行していった。


人だかりがなくなると、マント姿のウィルが地面に片膝をついているのが見えた。


その隣では、エレノアが地べたに座り込んでいる。


アランは二人に駆け寄った。


「ウィル、何があった」


「神聖な王宮の庭で、酔ってエレノアちゃんに悪さをしようとした不届き者がいてね」


アランは色を失いかけた。


「大丈夫です。植え込みの中に引っ張られて押し倒されそうになりましたが、そちらの女性が男に飛び蹴りして助けてくださいました」


エレノアは手をついて立ち上がると、深紅のドレスの女性に頭を下げた。


仮面をつけてはいたが、エレノアが頭を下げた相手はロザリーだとすぐに分かった。


「礼には及ばない。それより本当に大丈夫なのか?」


ロザリーの表情は険しかった。


エレノアのドレスは裾がところどころ破れ、髪も乱れていた。


つけていた仮面も取れてしまったのか、手に持っている。


ウィルは自分のマントを外すと、それをエレノアの肩にかけた。


「エレノアちゃんは僕がこのまま屋敷に連れて帰ろう」


「なら俺も一緒に」


「いや、アランはここに残ってくれ。僕の代わりにロザリーのエスコートを頼むよ」


「だが」


アランは自責の念にかられていた。


「アラン様。大丈夫です」


エレノアがしっかりした声で告げた。


「ほら、エレノアちゃんもこう言ってるし。心配しないで。預かり人として僕にも責任があるしね」


そう言われると、アランはうなずくしかなかった。


「それじゃあ先に失礼するよ。ロザリー、しっかりね」


ウィルは意味ありげな笑みをひらめかせると、エレノアを連れて立ち去った。


「王女様。そろそろ大広間にご移動されませんと」


近くに控えていた侍女の一人が、気づかわしげに声をかけてきた。


「ロザリー、だよな?」


念のためアランが確認すると、深紅のドレスを着た王女はこくこくとうなずいた。


「久しぶりだな。ウィルはああ言ってたけど、俺がエスコート役で本当に大丈夫なのか?」


アランは仮面をつけ直しながら尋ねた。


「も、もちろんだ!」


「そうか。じゃあ行こう」


アランが腕を差し出すと、ロザリーはさすがに慣れた動作でその腕を取ったが、力み具合はエレノアと大差なかった。


やはり自分の誕生祝を兼ねた舞踏会となると、緊張するのかもしれない。


アランは自分がまだロザリーに一番大切なことを言っていなかったのを思い出した。


「誕生日おめでとう、ロザリー。こうして直接言えてよかった」


そう伝えると、ロザリーは小さく息をのみ、ぽつりと「ありがとう」とつぶやいた。

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