第24話 王女宮

アランがエレノアを捜している時、王女宮では立てこもり事件が発生していた。


王女宮とは、王宮の中にある王太子用の小さな宮殿である。


現在はロザリーことロザモンド王女に王位継承権があるため、呼称も「王女宮」となっている。


そこの侍女頭であるマーサが、必死になって部屋の扉を叩きながら中に呼びかけていた。


「ロザモンド様っ。いい加減になさいませっ。いつまでそうやって閉じこもっているおつもりですかっ」


侍女たちが束になって懇願しても、中から反応はまったくなかった。


扉の外で誰もが途方に暮れる中、仮面をつけたウィルがマントをひるがえしながら颯爽と現れた。


「やぁ、ごきげんよう。今夜の主役がなかなか現れないから様子を見にきたのだけれど。まだ準備中かな?」


「ウィリアム様っ! 今まさにお呼びしに行こうかと思っていたところです。お支度はもうとっくに済んでいるのですが、会場に移動する寸前、部屋に引きこもってしまわれて……」


マーサはほとほと手を焼いていたのか、眉間のしわがいつもより深くなっていた。


ゆゆしき事態である。


ウィルは扉の前に進み出ると、数回ノックした。


「ロザリー、そこにいるんだろう? 早く出ておいで」


ウィルが呼びかけても反応はない。


「マーサ。合鍵を」


ウィルが命じるとマーサはすぐにポケットから鍵の束を取り出し、そのうちの一本をウィルへと差し出した。


たとえ合鍵を持っていたとしても、マーサたちはロザモンドの部屋の鍵を本人の許可なく開けることはできない。


だがウィルは違う。


「レディーたち。扉を開けるから少し下がっていてくれ」


マーサたちは言われたとおり黙って数歩退いた。


それを確認してから、ウィルはためらうことなく合鍵で部屋の扉を開けた。


「ロザリー、入るよ」


その瞬間、部屋の中からクッションが一直線に飛来してきた。


さっと避けると、開いた扉のすき間からクッションが廊下へ飛び出していった。


立て続けにクッションがさらに飛んできたので、ウィルは被害を拡大しないよう扉の内側に入ってすぐに閉めた。


攻撃をかわしながら部屋の奥まで入っていくと、ドレスを着たロザモンドがベッドに腰かけていた。


「勝手に入ってくるなっ」


ロザモンドは手にしていた最後のクッションを思いっきりウィルの顔面に投げつけた。


よけることもできたが、甘んじて顔で受け止めると、仮面がずり落ちてしまった。


鏡の前で時間をかけてつけたのに、せっかく苦労が台無しである。


ウィルは仮面を外した。


「女性の部屋に無断で入るのは僕のポリシーにも反するけど、返事くらいしたらどうだい。外でみんな困ってたじゃないか」


そう苦言を呈すると、ロザモンドの顔に気まずそうな表情が浮かんだ。


「……ずっとこうしてるつもりだったわけじゃない。ただちょっと考える時間が欲しかっただけだ」


仏頂面だったが、いつもは毛嫌いしているドレスをきちんと着て、舞踏会に出席する意思があるのは見て取れた。


「考えるって何を?」


ロザモンドは沈黙した。


「黙ってたってしょうがないだろ。一人で考えても答えが出なかったから、こんな時間まで部屋にとどまっていたんじゃないのか?」


ロザモンドはそれでもしばらく黙っていたが、やがて重い口を開いた。


「アランを仕官させたきゃ自分で説得しろって言ったよな」


「そうだね」


ウィルはうなずいた。


「やっぱりダメだ……私にはそんな魔法みたいな言葉は思いつかない…………」


ロザモンドがうめいた。


相当テンパっているのか、うっかり「魔法」という言葉を口にしたことさえ気づいていない様子だった。


ロザモンドの手が乱暴に頭に伸びたので、ウィルは慌ててその手を押さえた。


「こらこら、髪をそんなふうに触らない。せっかくマーサたちが整えてくれたのに」


ウィルはそのままベッドに腰かけると、ロザモンドの髪を指先でちょんちょんと整えた。


「難しく考えないで、思ってることを素直にそのまま伝えればいいじゃないか」


「だからそれが難しいんだよ!」


「そんなこと言われてもね。面と向かって改まった話をするのは恥ずかしいって君が散々ごねるから、仮面をつけてアランと話せるようにセッティングしてあげたじゃないか」


「わかってるって! でもまだ心の準備が」


「ほら、もう行くよ」


ウィルはロザモンドを無理やり立たせると、少々活を入れておくことにした。


「いいかロザリー。欲しい物があるなら自分の手でつかみ取れ。他人に望みを気取られるな。でなければいずれ足元をすくわれるぞ」


ロザモンドは大きな目をさらに大きく見開くと、両手で思いっきりウィルの体を押しのけた。


「言われなくてもわかってる! てか近いっ」


ひ弱なつもりはなかったが、鍛錬を怠らない王女に押されると、ウィルは後ろにひっくり返りそうになった。


「ははは、その意気だ」


ウィルはすぐそばの鏡台に置かれていた仮面を取り上げると、正面からロザモンドの顔に取りつけた。


「これで準備はばっちり。とてもきれいだ」


「よくそんな歯の浮きそうなセリフがすらすらと出てくるな」


「本心だからね」


ウィルがにっこり笑うと、ロザモンドはあきれた顔でウィルに腕を差し出した。


「なんかウィルと話してるうちに、悩んでるのがだんだん馬鹿らしくなってきた」


「それはよかった」


ウィルが恭しく手を取ると、ロザモンドは先ほどまでとは打って変わり、王女の顔をして毅然と歩き出した。

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