第8話 エレノアの秘密
夕方、アランがリリアナと湖から帰ると、出迎えてくれたグエルが手綱を引き取りながら、馬車の修理がもうすぐ終わりそうだと教えてくれた。
「早かったな」
「はい。明日の昼にはここを出発できるかと」
アランは、修理を請け負ってくれたロブに胸中で感謝しながら、屋敷の中に入った。
部屋に戻る途中、階段の踊り場でアランはぎくりと足を止めた。
アランより先に帰っていたエレノアが、階段を下りてくるところだった。
場所を譲りながら、なるべく視線を合わせないようにしてすれ違うと、エレノアの声が飛んできた。
「今度は私のこと、まったく見ようとなさいませんね」
階段の途中でゆっくり振り返ると、エレノアがこちらをじっと見上げていた。
「君は……」
魔女か?
そう言いかけ、すんでのところで言葉を飲み込んだ。
もし誰かに聞かれたら、エレノアに塁が及びかねない。
かわりに、別の疑問を口にした。
「昨日、どうして屋敷の外にいた。しかも木が倒れて馬車が通れないような場所に。偶然か?」
エレノアに王都へ連れていってほしいと言われてからずっと、アランは自分がこの地に足止めされているのは、目の前の少女が原因であるかのような妙な気分にとらわれていた。
「いいえ。偶然ではありません」
その答えに、アランは一瞬まさかと思いかけた。
「この屋敷に勤めて三年になりますが、毎日時間を見つけては、あの場所に立っていました」
「毎日?」
どうしてそんなことを、と思ったが、エレノアは静かに、けれどきっぱり口を開いた。
「あそこは、王都に続いている道だから」
その時、エレノアの内側で、底知れぬ激しい感情が瞬間的に渦巻いたような気がした。
「……王都に行きたいと言っていたな。理由は?」
エレノアは少しだけ考える素振りを見せると、階段を上ってきてアランの腕を取った。
そのままアランを引っ張るようにして階段を上り、二階のすぐ近くの部屋に素早く入った。
使われていない部屋のようで、窓からは強い西日が射し込んでいた。
アランはエレノアの手を振りほどいた。
「どういうつもりだ」
さすがにアランも表情を険しくすると、エレノアは後ろ手でドアの鍵を内側からかけた。
「私の秘密をお見せします」
そう言って、アランに背を向けて襟元の細いリボンをほどき、服のボタンを外し始めた。
「おいっ」
制止したにも関わらず、エレノアの体から濃紺のワンピースがすべり落ち、全身の肌が露わになった。
アランは絶句した。
窓からの夕陽に照らされたエレノアの肌には、大きな火傷の跡が刻まれていた。
「その傷は……」
「四年前に負った傷です。村が焼き払われ、十二歳だった私はその時に家族と同胞をすべて失いました」
アランはかける言葉を見つけられず、押し黙った。
エレノアは服を拾って身につけると、口をつぐんでいたアランに再び向き直った。
「どうしてあんな酷いことが起きたのか、私にはその理由がわかりません。けれど、私を襲ってきた兵士の姿はこの目にはっきりと焼きついています。滝から落ちて流れ着いた先で、村を襲った連中が橋を渡って王都の方角へ去っていったと知りました。だから私は王都に行って、草の根をかき分けてでもあの兵士の正体をつきとめて捜し出したいんです」
「仮にその兵士を見つけることができたとして、その後どうするつもりなんだ?」
今度はエレノアが押し黙った。
全身で答えるのを拒絶している。
アランはため息のようにそっと息をついた。
「悪いが君を連れてはいけない。どうしても行きたいなら他を当たってくれ」
それだけ言うと、アランはエレノアの横をすり抜けて部屋の外に出た。
エレノアがどんな顔をしているのか、あえて見ようとはしなかった。
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