第4話 エレノアの秘密
夕方、アランがリリアナと湖から帰ってくると、馬車の修理がもうすぐ終わりそうだとグエルが教えてくれた。
「早かったな」
「はい。明日の昼には出発できるかと」
アランはロブに胸中で感謝しながら、屋敷の中へ入った。
部屋に戻る途中、階段の踊り場でアランは足を止めた。
先に帰っていたエレノアが、箒を手に階段を下りてくるところだった。
場所を譲りながら視線を合わせないようしてすれ違うと、エレノアの声が後ろから飛んできた。
「今度は私のことを見ようとなさいませんね」
アランが振り返ると、エレノアがこちらをじっと見上げていた。
「君は」
魔女か?
そう言いかけ、すんでのところで言葉を飲み込んだ。
もし誰かに聞かれでもしたら、エレノアに塁が及びかねない。
代わりに、別の疑問を口にした。
「昨日はどうして屋敷の外にいた。しかも木が倒れて道がふさがっている場所に。偶然か?」
おかしな質問だと理解はしていたが、アランはエレノアに王都へ連れていってほしいと言われてからずっと、自分がこの屋敷に足止めされているのは、エレノアが原因であるかのような妙な気分にとらわれていた。
「いいえ。偶然ではありません」
その答えに、アランは一瞬まさかと思いかけた。
「私がこの屋敷で働き出して三年経ちますが、毎日時間を見つけては、あの場所に立っていました」
「毎日? どうしてそんなこと」
「あそこは王都に続いている道だから」
その時、エレノアの内側から、底知れぬ激しい感情がわずかに漏れ出したように感じられた。
「……王都に行きたいと言っていたな。理由は?」
エレノアは一瞬だけ迷いらしき表情を浮かべると、すぐに階段をかけ上がってアランの腕を取った。
そのままアランを引っ張るようにして階段を上り、二階の階段近くの部屋へと素早く入った。
使われていない部屋のようで、右手の窓からは強い西陽が射し込んでいた。
アランはエレノアの手を振りほどいた。
「どういうつもりだ」
さすがにアランも表情を険しくすると、エレノアは後ろ手で内側からドアの鍵をかけた。
「これから私の秘密をお見せします」
そう言って、手にしていた箒を床に放り投げると、アランに背を向けて襟元の細いリボンを解き、服のボタンを外し始めた。
「おいっ」
止める間もなく、エレノアの体から濃紺のワンピースが滑り落ち、全身の肌があらわになった。
アランは絶句した。
夕陽に照らされたエレノアの肌には、大きな火傷の痕が刻まれていた。
「その傷は……」
「四年前に負った傷です。住んでいた村が焼き払われ、十二歳だった私は家族と同胞を全て失いました」
アランはかける言葉を見つけられずに押し黙った。
エレノアは床に落ちた服を拾って再び身につけると、口をつぐんでいたアランを正面から見た。
「どうしてあんな酷いことが起きたのか、私にはその理由が全くわかりません。でも私を襲ってきた兵士の姿なら、この目にはっきりと焼きついています。王都には国中の情報が集まると聞きました。だから私は王都に行って、草の根をかき分けてでも、あの兵士のことを探し出したいんです」
「仮にその兵士を見つけることができたとして、君はどうするつもりなんだ?」
アランの質問に、今度はエレノアが押し黙る番だった。
その様子を見て、アランはどうしてエレノアのことがずっと気にかかっていたのか、なんとなくわかった気がした。
エレノアは一見すると自分と同じ感情の起伏が乏しそうなタイプの人間に見えるが、たぶんそうではない。
だからエレノアを見ると無意識のうちに違和感を覚え、自然と目で追ってしまっていたのだろう。
謎は解ければ、その神聖さを失う。
アランはため息をつくかのように、息をそっと吐き出した。
「悪いが君を連れてはいけない。どうしても行きたいなら他を当たってくれ」
それだけ言うと、アランはエレノアの横をすり抜けて部屋の外へ出た。
その時、アランはエレノアがどんな顔をしていたのかも、アランが部屋から出てくるのを物陰に隠れて見ていた人物がいたことも、そのどちらにも気づいていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます