夏は来ぬ
深夜のアパートで、連勤明けの身体を無造作に横たえた。スマホの画面に踊る推したちの映像に、突如挟まったビールのCMを仕方なく眺めながら、ふと思い出した。幼い頃の記憶の引き出しに、大切にしまわれている一場面。
麦秋の時期、黄金色の穂波に映える白いワンピースのゆらめく裾。
誰の姿なのか、そもそも幼少の自分の行動範囲に麦畑などあったか、詳しいことはなにもわからない。が、妙に生々しく、そのときの頬を撫でた南風の感触をはっきりと覚えている。
その女の人は、遥か上空のひこうき雲を指さして、夏の到来を教えてくれた。そのワンピースの眩しい白さに、もしくは、その人の存在の眩しさに、幼い心をときめかせていた。
ああ、そうだ。自分はその白い裾のレースの繊細さにいつまでも心を奪われていて、いつしか服飾関連の職を志すに至った。のに、なにがどうしたのか今はブラック企業にとらわれて、灰色の日々だ。服のデザインを考えることも、布地を見に行くことも、ミシンを踏むことすらなくなった。
寝るためだけに家に帰宅する日々を、ここで打破するべきなのかもしれない。
季節の変化を気温でしか感じていないような毎日では、心が蝕まれて当然なのだろう。
朝が来たら、実家に連絡してみて、母に相談してみようか。
心にはたしかにあの爽やかな風景が夏を連れてきたらしい。
麦秋の金色野原の視界にて白いドレスが夏を連れ来ぬ
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