冥界下り

これが黄泉平坂か、と妙な感動はあったが、立ってみれば坂は坂だった。ただ、地面が血濡れたように赤いのが薄気味悪かった。


この路の先には、貴女がいる。


わたしの脳裏に蘇る貴女は、あの日の別れ際の笑顔をわたしに向けてくれる。いつも別れるときには、「じゃあね」と手を振ってくれたが、その日は「元気でね」と言った。なんだかそれがむずがゆく感じ、わたしは「またすぐ会えるのに」と笑い飛ばした。


いま思えば、貴女はあの日、自分の最期を予期していたのかもしれない。……まあ、こじつけに過ぎないのだが、そのように考えなければ、貴女のほうがプリウスに突っ込んでいったと考えてしまいそうになる。だってそう思わないと、受け止めきれなかった。告別式で最後に貴女の棺を覗き込んだとき、起き上がって「冗談だよ」と肩を抱いてほしかった。


わたしは生前の貴女を慕うあまり、エウリュディケよろしく冥界まで貴女を迎えに行こうと決め込んだ。貴女のご家族には知らせていない。貴女を冥界から呼び寄せて、わたしとふたりきりで暮らしていこうと告げるつもりだ。あの日言えなかった、プロポーズだ。


ふと顔を上げると、貴女によく似たシルエットが遠くに立っている。顔はよく見えないが、白い歯を見せてはにかんでいるのがみてとれた。




赤々と伸びたる路のその先で鼓動を止めた貴女が嗤う

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