【独立という名の孤立】
第58話 スリーパー
「ケンイチ……さん」
ルビーの説得に必死になっていたケンイチが、ふとレーダー画像に目を
やると、工作員の乗ったスペース・ホークがすでに回頭して、こちらに
機首を向けている。
—— まずい! ——
「ルビー。前だ。スペースホークが撃って来るつもりだ!」
「えっ!」
ルビーも会話に気を取られて、スペース・ホークの動きに気が付いて
いなかった。
ヴィーナス・オスプレイは、慌ててマルチ推進システムで急上昇をかける。
しかしヴィーナス・オスプレイの機体横で、激しい閃光が光る。
ヴィーナス・オスプレイの機体横に張り出した、ミサイルを搭載するため
のパイロンの取り付け部が、吹き飛んでいた。
—— 被弾した! ——
「ルビー! 大丈夫か!」
「大丈夫……と思う。油断してたわ!
ミサイルのパイロンが無くなったみたいだけど飛行には問題ない」
ヴィーナス・オスプレイとマーズ・ファルコンは、一時、回避運動を
しながらスペース・ホークから距離を取った。
工作員はダイモス方向から来る八機と遭遇する前に、後ろから追って
くる二機と戦ったほうが勝率が有ると踏んで、急速に旋回していたのだ。
「スペース・ホークのビーム砲の対有人機攻撃の制御まで外れてる!
あのガルシアの馬鹿野郎のせいだ。
奪われたスペース・ホークもSG4所属の機体だから、
ガルシアが無線で対有事機攻撃ができるように制御を外した時に、
スペース・ホークまで一緒に制御が外れちゃって、あっちも
撃てるようになってるんだ」
「そんなひどい!」
「やばいぞ。気を付けろ。マジでドッグファイトをしないといけない」
「相手を殺さないでって、どこ撃てばいいの?」
「機首のビーム砲部か、機体後部の推進機付近だ。中央部は撃つな。
コックピットや、核融合エンジンがある。
そうだ。ヴィーナス・オスプレイのTNSコントローラーで攪乱しよう。
そのほうがリスクが小さい」
「わかった。やる」
ヴィーナス・オスプレイは、再びスペース・ホークに向かって飛び、
撃たれないように複雑な動きをしながら、TNSを1セット放出する。
ルビーは放出したTNSを展張させて、スペース・ホークに向かわせた。
大きく広がったTNSの膜が近づいてくる光景に、スペース・ホークは
明らかに困惑したように動き、TNSの小型ロケットを撃とうとして、
回頭した。
その隙を、ルビーとケンイチは見逃さなかった。
ヴィーナス・オスプレイは機首のビーム砲部分を、そしてケンイチの
マーズ・ファルコンは推進機を狙って撃つ。
ほぼ同時に、着弾した。
「やったわよ。ケンイチさん」
スペース・ホークはビーム砲と、推進機2機を壊されて、残った推進機
2機で逃走しようと、急旋回を始めた。
***
月の保安部隊員のバチャラ・ジラティワットは、昔はSG3-ME大隊
の機体整備員だった。その頃は、メンテナンスが終了したスペース・ホーク
の試験飛行を散々行っていたため、操縦には少し自信があったが、
交戦を始めた途端に、戦闘不能になり推進力も半減したため焦っている。
—— くそ! なんて奴らだ ——
必死に逃げる方向をレーダーで確認するが、なぜか新型宇宙防衛機の一機
しか見当たらない。レーダー画像にも有視界モニターにも、もう一機の
マーズ・ファルコンの姿が無かった。
—— 何処に行った? ——
突然、ヘルメットの中で声が聞こえた。
「おい、なぜキーン司令官を殺したんだ」
—— え? 通信は切っているはずだ ——
「聞こえているんだろ。
答えろバチャラ・ジラティワット。お前といい、ガブリエル・ロレンソ
といい、なぜ、執拗にキーン司令官を狙ってたんだ?」
—— くそ! ヘルメット通信で
直接通信してんのか! 何処に居やがる? ——
ジラティワットは、残った2機の推進機の噴射方向をジグザグに動かして
蛇行しながら、マーズ・ファルコンの姿を探した。
それでも前方にも後方にも見当たらない。
その時、下部モニターが真っ暗なのに気が付く。
—— 下部モニターの故障? ——
そう思った途端に、自分は何もしていないのに、突然、スペース・ホークが
急上昇をする。
「うわっ!」思わず声が出る。
機体の下からゴリゴリという振動が、足や腰に伝わって来ている。
「声が聞こえたぞ。この通信が聞こえているんだろ?」
—— 嘘だろ? この機体の下に張り付いてる? ——
ジラティワットは、スペース・ホークの機首側の姿勢制御ジェットを吹いて
方向を変えようとしたが、さらに、勝手に上昇加速度が増える。
「うっ!」
マーズ・ファルコンがスペース・ホークの下面に張り付いたまま、
マルチ推進システムのジェットを吹いて、スペース・ホークを押し上げる
ようにしているのだ。
スペース・ホークは完全にコントロールできなくなっていた。
***
ケンイチは、マーズ・ファルコンの下面を、スペース・ホークの下面に
ピッタリと付けたまま、マルチ推進システムのジェット噴射を、
翼の上面から吹き出し続け、スペース・ホークを押さえ込んでいた。
さらに、その二機の腹をくっつけた状態を維持しながら、ロール回転を
加える。
「やめろ! 目が回る! 話をする」とジラティワット。
ケンイチは、相手が話をしそうなので、自分のヘルメット通信と、
機体の通信機をリンクさせ、指令本部基地の第二管制室や<マーズ・ワン>
にもヘルメット通信が聞こえるようにした。
これまでSG3宇宙機開発研究所に潜入していたランベルト・ミュラーも、
先日、<マーズ・ワン>でキーン司令官を暗殺しようとしていたガブリエル
・ロレンソも、いずれも、何も自供しようとせず、完全黙秘を貫いている。
だから、もしもこのバチャラ・ジラティワットが少しでも、話をするなら、
それは、<テラ>工作員の貴重な自供情報になる。
自分と工作員だけの会話ではなく、証拠として残るように機体の通信装置
とつなげて、他の人も聞こえるようにしたのだ。
基地の通信記録は全て録音されて記録されるから、証拠も残るはずだ。
ケンイチは、ロール回転を止めてから話しかけた。
「バチャラ・ジラティワット。なぜ、お前達はこんな強引な手段を使って
まで、アレックス・キーン司令官を狙っていたんだ」
「……」
「世界政府は、<テラ>が本当に完全な独立をして、世界政府市民に危害
を及ぼさないのなら、逃走を黙認して制圧部隊を送らないという方針
だった。保安部隊に居たお前なら良く知っていただろう?
こんな、テロ行為を行えば、<テラ>を危険なテロ組織とみなして、
世界政府も方針を変えてしまうかもしれないんだぞ。
なぜ、そんなリスクを冒してまで、キーン司令官を殺害した?」
「最初は事故に見せかけて暗殺する予定だったのさ。
それが、ロレンソの野郎が失敗して計画が狂ったんだ。
俺は本来ロレンソのような暗殺者じゃない。ただのスリーパーだよ」
「スリーパー?」
「潜入して情報収集するだけの役目だ。
だから、本来ならこんな危ない橋を渡るつもりは無かった。
しかしキーン達は、SGの軍隊化を推し進めるために、
<テラ>が危険な組織だとの偽情報を、捏造しようと企んでいた。
その前に、奴らの企みを世間に暴露して止める必要が有ったんだ」
「キーン司令官が、SGの軍隊化を進めるために情報を捏造だと?
そんなデタラメを言ってもダメだ」
「デタラメじゃない。証拠も有るさ」
「証拠? 何のことだ?」
「アレックス・キーンと、ME大隊の副司令官のミロ・ビスカルディーニ
の間の秘密通信だよ。SGに捕まると、もみ消されて隠蔽されるだけ
だから、これを、ダイモスでウェブニュースの記者に渡すつもり
だったんだ」
スペース・ホークからメールが送られてきた。
ケンイチがメールに添付されているファイルを開くと、キーン司令官の
動画通信が映った。
次回エピソード> 「第59話 和平交渉」へ続く
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