第57話 命の重み

 ダイモスを発進した第九中隊のジェフ・ライアン中隊長は、

通信を聞いて驚いている。

「『対有人機攻撃の制御を外したから、スペース・ホークを迎撃せよ』だ?

 あのガルシア副司令官、いや司令官は何考えてる?

 本当にスペース・ホークを撃ち落とせというのか?」


テツオ・ヤマザキ副隊長が呟いた。

「いつから俺達は軍隊になったんだ?」


「今日からそうなったみたいだな」とライアン中隊長。

「本当に撃つのか?」とヤマザキ副隊長。


「わざわざ『これは命令だ』なんて言われて、撃たなかったら、俺達は

 左遷されるかもしれないな。あの殿にな。

 でも、いい考えが有る」


「いい考えって?」


「ターゲットのスペース・ホークの尻を、SG2のヴィーナス・オスプレイ

 が追いかけてる。猛スピードでな。

 こっちと、スペース・ホークが鉢合わせする前に、あの新型機が

 追いつきそうだ。俺達が撃たなくても、先に片が付くんじゃないか?」


「そうか、その手が有るか」


  ***


 ルビー・キャロルは、ケンイチの呼びかけに答えようとしていたが、

ヴィーナス・オスプレイの通信アンテナが壊れたのか、送信機が壊れた

のか、通信を聞くことはできても、こちらからの声が向こうに届いて

いないようなので、通信を諦めていた。


「もう!最悪! ミサイルを機体整備工場に落としたり、発電機を

 爆破したり、大勢の人が怪我してる。 あんな奴、ぜったいに許せない」


そこに、ガルシア司令官からの通信が入った。


「ダイモスの宇宙港にも破壊工作をするおそれが、有るですって? 

 そんなことは絶対にさせない! また大勢の人が怪我をする」


—— そういえば対有人機攻撃の制御を外したって言った? 

   無線で制御を外せるの? この機体も? ——


ルビーは、試しにビーム砲のトリガーを引いてみる。

通常通りに撃てるが、何もない宇宙空間にビームを撃っても、対有人機への

攻撃の制御が外れているのかどうかは、確認できなかった。


その無線で制御を外すというのが、SG2用の試験機であるこの機体にも

適用されるのか、それとも適用されないのかが、良くわからない。


ただ今は、SG4第一中隊の応援をする機体として、登録されているので

SG4の機体と同じ扱いになっているのかもしれない。


—— 考えても無駄ね。相手に撃ってみるしか確認方法はない —— 


 ***


 ケンイチは、ガルシア司令官の通信を聞いて、憤慨していた。

—— あの野郎! 何考えてる! ——  


『ダイモスの宇宙港にも破壊工作をするおそれが有る』なんていうのは、

単なる屁理屈で、対有人機攻撃の制御を外すための見え透いた嘘なのは、

すぐに分かった。


 そもそも、スペース・ホークにも対有人機攻撃の制御が付いている。

それに、あの工作員はミサイルを全部撃ち終わっているし、多くの人が

作業しているダイモスの宇宙港にだって、攻撃はできない制御のはずだ。

もしも、宇宙港を破壊しようとするなら、機体ごと体当たりするぐらい

しか方法は無い。


—— ん? 体当たり? それは有り得るか…まずいな

   『破壊工作をするおそれ』と言えてしまうかもしれない ——  


ケンイチはレーダーでスペース・ホーク、ヴィーナス・オスプレイ、

そして、第九中隊の動きを解析する。


—— まずいぞ。ヴィーナス・オスプレイが一番先に

         スペース・ホークと接触しそうだ —— 


ルビーと通信ができないので、交戦を止めることもできない。

—— まずい、まずい、何か方法は? 

         そうか! ヘルメット通信! —— 


 ヴィーナス・オスプレイの受信機か、送信機が壊れていても、

ルビーのヘルメットとの直接通信が可能な距離まで近づけば、

通信は可能だ。


しかし、ヘルメット通信の受信範囲はかなり狭い。

今の距離では無理なことは分かっている。


ケンイチは、マーズ・ファルコン予備機の加速度制御を手動で外すと、

推進機ポッドの噴射パワーを上げる。


どんどんと加速度が増し、機体速度が上がる。

通常の加速度範囲を超えたため、体が耐Gスーツで締め付けられる。


息も苦しくなってくるが、レーダー画像にヴィーナス・オスプレイと

自機との相対距離を表示させるように設定した。

その数値は、なぜか少しずつしか減っていかない。


—— あの宝石野郎! ガルシアの通信聞いて、

    速度を上げやがった。やる気満々じゃないか —— 


ケンイチは、一か八かもっと推進機ポッドの噴射パワーを上げる。

自分でも経験したことが無い加速度になるのは、分かっているが、

なんとしても、追いつく必要が有る。


ケンイチは血流が止まりそうなのを感じる。頭も回らない。

意識が飛ばないように、必至に何かを考えようとした。


—— 昼には、治療薬を小惑星エスポワールに届けるために

   マーズ・ファルコンの最高記録を達成した。

 

   夜には、最高記録に挑戦か?

   いじゃないか、あとでオットーにデータ見せて驚かせよう —— 


横目でレーダー画像の表示を見る。

ヴィーナス・オスプレイとの相対距離表示が、急激に減り始めていた。


 ***


 ルビー・キャロルはレーダー画像を見て驚いた。

後ろから来るケンイチの乗った予備機が、いつの間にか、

かなり追いついて来ている。

—— えっ? 早い! —— 


ヘルメットの中にケンイチの声が聞こえた。

「ルビー。聞こえるか! 聞こえたら返事してくれ」

—— これって、機体の通信機の音じゃない? ヘルメット? —— 


「ケンイチさん?」

「ああ、ルビー。聞こえたか、やっと追いついたな」


「こっちは、ずっとケンイチさんの呼びかけは聞こえてましたよ。

 私の声がそっちに届かなかったみたい。

 きっと機体整備工場の天井が落ちてきた時に、送信装置が壊れたのよ」


「えっ。そうなのか? じゃぁ、ずっと呼びかけてれば、良かったんだな」


「もうすぐあのスペース・ホークに追いつくわ。

 あんなひどいことする犯人は、絶対懲らしめてやるんだから」


「ルビー。落ち着け。ガルシアの言ったことは嘘だ。あの犯人は、

 ただ逃走しているだけで、ダイモスを攻撃するつもりは無い。

 よく考えろ。ダイモスの宇宙港を破壊して、奴に何のメリットが有る?

 奴の主目的はキーン司令官の殺害だった。


 そして、自分が安全に逃走するために、発電機を爆破したりしたんだ。

 今、スペース・ホークが宇宙港を破壊したら、あの工作員は行き場を

 失うだけだ。自分が逃げるには、沢山の貨物の中に隠れるしかない」


「それでも、あの犯人のやったことは私は許せないわ。

 機体整備工場の中で、大勢の人が天井の下敷きになって怪我をした。

 ヒロシさんもよ。

 <ベースリング>の中も大変な状況でしょ?

 そんな、大勢の人を傷つけた人は、罰を受けて当然よ。


 それに、ガルシア司令官代理からの撃てという命令なのよ。

 命令に従って、私が、ぜったい撃ち落としてやる」


「だめだ。ルビー。人を殺すのはダメだ。

 相手がどんなに悪い奴でもだ。

 罪を冒した犯罪者だって、裁判を受ける権利を持っている。あいつもだ。


 俺達は裁判官じゃない! どんな罰を下すのかを決める権限もないし、

 まして、相手を殺すなんてとんでもない。

 世界政府がのは、知ってるだろ?


 だからガルシアが間違っているんだ。

 あんな奴の、間違った命令に従う必要は無い。


 SG幹部達が対有人機攻撃の制御を外せるようにしたというのは、

 乗員がウィルス感染で死んでいると判断できる宇宙機に対してだけだ。

 俺は、ヘインズ司令官からそう聞いた。


 緊急事態なら、自由に対有人機攻撃できるなんていうのは、

 ガルシアの間違った拡大解釈だ」


「でも、私はやっぱり、あの工作員が憎い」


「俺だってあいつが憎いさ。

 俺には家族がいない。だから<ベースリング>は、俺の家だし、

 SG4の仲間は俺の家族のような存在だ。ヘインズ司令官もだ。

 それをあの犯人はメチャクチャにした。だから絶対に許しはしない。


 でもルビー。を奪うのはだめだ。

 それに一度でも手を下したら取り返しがつかない!

 は何よりも重いんだ。分かってくれ。


 お願いだ。スペース・ホークを飛行不能にするのはいいが、

 あの犯人の命を奪うのはよせ!」


「なぜ? ケンイチさんはどうして、あんな犯人のことを、かばうのよ」


「犯人をかばっているんじゃない!

 俺は、ルビーの……お前の…

 その! 

 火星の青い夕焼けを見て、キラキラと輝いていたお前の目に、

 汚い世界を映して欲しくないんだ」


「私の……ため?」

 

ケンイチは叫ぶのをやめ、静かな口調になった。


「違う…違うな。

 ルビー・キャロル……俺の為だ。

 俺はお前のことを、とても大事に思っている。


 火星の風景を見て、それを懸命に心に焼き付けようとしていた、

 お前のその純粋な所を、俺は守りたい。

 本当にそう思っている。


 お願いだ。ルビー。分かってくれ。

 俺は、お前に人殺しになって欲しくないんだ」


「ケンイチ……さん」




次回エピソード>「第58話 スリーパー」へ続く

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