【新しい力】

第6話 SG軍隊化構想

 『やわらかな棺』の飛来した日の翌々日。


 <マーズ・ワン>の副司令官室。

ジェローム・ガルシア副司令官は、火星に向かって来ている途中の

SG幹部メンバーからの返信をみてほくそ笑んでいた。

—— 思った通り、大騒ぎになっている ——


 ガルシア副司令官は、マリー・クローデルの解析結果から、

飛来した遺体は、逃亡中のテロ組織<テラ>と共に行動をしている

市民だと推測できると、さも自身の手柄であるかのようなメールを

送っていたのだ。

 

 SG幹部の間では、一時は<テラ>がウィルス感染した遺体を

生物兵器として、火星に送り込み、攻撃して来たのではないかという

ような、行き過ぎた憶測も出たらしい。


 しかし流石に、隕石に当たってから火星に向かうようにコントロール

はできないだろうと、冷静に判断するメンバーもおり、『攻撃説』は

否定されたようだが、『生物兵器開発』の疑いは残っているようだ。


 ガルシア副司令官は、自分の指揮下にあるこの<マーズ・ワン>内の

医療部で、そのウィルスの特性や対処法を突き止めれば、

さらなるポイントが稼げると考えていた。


 ***


 同じころ<マーズ・ワン>のパイロット休憩室。


 ガルシア副司令官の目論見や、SG幹部の大騒ぎを知らない

ケンイチ・カネムラは、火星の宇宙ステーション<マーズ・ワン>の

宿泊当直から司令本部基地に帰任するために私物を片付けていた。


ケンイチは今日から三日間の非番のあと、来週から始まる特別任務の

ことを考えるとうんざりして、かなり憂鬱になっていた。


—— くそ、こんなことに巻き込まれるとは思ってもみなかった ——



**** 『やわらかな棺』の飛来よりも約一ケ月半前 ****


  SG4指令本部基地 司令官室。


「カネムラ君。君達、第一中隊に、また特別任務に当たってもらうことに

 なってしまったんだ」


アルバート・へインズ司令官は、申し訳なさそうにケンイチに言った。


「どういうことですか?」とケンイチ。


だよ。あのトロヤ・イースト事件のな。ガルシア副司令官が

 月で行われているSG方針会議に参加していたのは知っておるだろう。

 そのSG方針会議で、大変な話が決まってしまったんだ」


 ***


 SG方針会議というのは、数年に一度、太陽系各所に散らばっている

SG部隊の司令官もしくは副司令官クラスが集まるSGの重要会議である。


 太陽系内と言っても、通信が届くのは数分以上かかる場所が多いので、

オンライン会議などは成立しない。通常は、動画通信をやり取りして、

一方的にそれを視聴することしかできないので、密な意見交換は難しい。


 このため、集まることが非現実的な遠くの部隊を除く、SG部隊の

代表が月に集まってタイムラグの無い中で議論を行うことになっている。


 ***


「カネムラ君。君を信頼しているから話をするが、これから話することは、

 君とパク君、クローデル君の三人だけに留めて欲しいんだ」


「は……はい」


「SG方針会議では、あの事件を受けて、SGを隕石防衛だけでない

 の話が出て、かなり議論になったらしいんだ」


「なんですって? 

 そんなこと、世界政府の方針から完全に逸脱するじゃないですか。

 ウィルソン大統領は許さないでしょう」


「そう大統領は、<テラ>が本当に『世界政府からの完全独立』を

 目指しているのであれば、無用な殺し合いを避けるため、積極的に

 攻撃はしないという方針を明確にした。

 それで、SG方針会議で議論されていた、『制圧隊を結成すべき』との

 強硬派の意見が一度納まったことは、君も知っているだろう。


 しかし、あの事件でSGTEのパイロット二名が殺害されてしまった。


 強硬派の連中は、それを理由に、SGもテロ組織からの攻撃を防衛

 する装備を整え、有人機からの攻撃を防御するための訓練が必要だと

 いう主張をして、その方向で動くことになってしまったんだ。


 表面的にはを謳っているが、中身はとほぼ変わらん」


「そのことと、第一中隊の特別任務というのは、どう関係するんですか?」

 

「SG本部が、今度、SG各所から精鋭メンバーを集めて、合同訓練を

 することに決めたんだ」


「合同訓練……ですか……それに参加しろということですか?」


「いや違う。その合同訓練はここ火星で行われることになったんだ。

 我々SG4はそのホストとして、合同訓練を企画しないといけない。

 それに……」


司令官は少し言葉を選んでから続けた。


「SGの幹部たちは、トロヤ・イースト事件ですばらしい成果をあげた

 君達、第一中隊の実力を見たいと言って、SG各所の精鋭メンバーと

 ドッグファイト訓練と称して、試合をさせることを希望している」


「SG各所の???

 なんで、そんなことに?」ケンイチは思わず声が大きくなった。


「君は、トロヤ・イーストでSGTEのラウラ・ミコラージュ司令官と

 会ったらしいな」


「はい。コロニー解放後にお会いしました」


「彼女が、敵味方双方に死者を出さずに、テロ組織を制圧した君たちの

 ドッグファイト技術に驚いたことを、SG方針会議に出席していた

 SGTEのハオシュエン・チョウ副司令官に伝えたらしい。


 それが、きっかけとなって、火星で合同訓練を行い、君たち第一中隊の

 ドッグファイト技術を見たいとの話に発展してしまったんだよ」


「私たちは、運よく助かっただけで、ソジュンも、フェルも、ハリシャも

 死んでいてもおかしくない状況だったんですよ」


「それは良く分かっている。ただ、結果として敵も味方も誰も死者は

 出なかったという事実は大きい。

 私も、対有人機訓練などしていない君たちを、戦地に送り出してしまった

 という負い目が有ったから、『合同訓練を行う』ということに関しては、

 ガルシア君に賛成しても良いと、言っていたんだよ。

 月で訓練が行われると思っていたからな。それが失敗だった。


 ガルシア副司令官はな、火星でとなって、

 合同訓練をすることを提案してしまったんだ」


「そのSG方針会議の決定は、後からは覆せなかったんですか?」


「そうだ。もうSG幹部がこぞって、火星に来る気になっておったからな。

 今まで、火星には見向きもしなかった地球圏のお偉いさんたちがだ」


司令官は、人差し指を立てて続けた。


「それだけじゃない。彼らは事件で活躍したマーズ・ファルコンの性能が

 実戦でどう役に立つのかを見たいと言っている。

 飛行経験の浅い新入隊員をどのぐらい訓練したら、少し操縦が複雑な

 マーズ・ファルコンを乗りこなせるのかにも興味を持っている」


「そんなことまで、言っているんですか?」


「そう今回は、君たち第一中隊のようなエース中隊が、付きっ切りで

 新入隊員を訓練したら、どのぐらいのレベルになるのかを、見学したい

 とも言っているんだ」


「これから火星に赴任する新入隊員達が、VRシミュレーターで機種転換

 の訓練を行ってから、実機で訓練できるようになるのは、だいぶ先になる

 と思いますが?」


「だから、VRシミュレーター訓練は少しにして、君たちに実機での飛行

 訓練を早期にやらせてみろという要求なんだよ」


「短期間では本当に簡単なデモ飛行しかできないと思います」


「SG幹部連中もそれを分かった上で、リクエストして来たんだ。

 だから、出来る範囲でのデモ飛行でOKだ。新入隊員を早期育成して、

 早く実戦投入するための参考としたいらしいらしいからな。

 その背景に、が有るからだ」


 SGの軍隊化構想というのは、あまりにも話が大きすぎるので、

ケンイチは絶句して言葉が出なかった。


「火星での合同訓練のことや、試験的に新入隊員に早期に飛行訓練させて

 みるということは、私には覆せなかった。SG方針会議の決定事項

 だからな。

 しかし、その代わり、こちらの要求も少し飲んでもらった」


司令官は少しにやついて、ケンイチの顔を見た。


「その要求とは何ですか?」

「火星に赴任させる新入隊員の数を例年よりも増やすように要求した。

 これで、慢性的な人員不足も少しはマシになる」


「何人ぐらい来るんですか?」

「三十人だ。 いいだろ?」


「三十人! いつもよりかなり多いですね。でも、うちの隊が

 その新入隊員の入隊訓練を担当するって、仰いましたよね。

 よけいに大変じゃないですか」


「そうだ。その代わり、第一中隊には、君たちが選んだ優秀な新入隊員

 を三名配属するのを約束する。

 君たちが直に訓練しながら、じっくり見極め優秀な三人を選べるんだ。

 どうだ。いいだろ?」


—— ちっ。このヘインズ司令官は、根っからの策士だ ——


「司令官。その約束を忘れないで下さいよ」



次回エピソード>「第7話 医療部の衝撃」へ続く









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