第9話 新人訓練開始

 【新入隊員 飛行訓練 初日】

 指令本部基地<ベースリング>内の会議室。

第一中隊メンバーは会議室の前に整列して、すでに着席している三十人の

新入隊員の前に立っていた。

訓練担当教官のマルセル・デュランが、飛行訓練等を行う第一中隊

メンバーを新入隊員に紹介して、飛行訓練が開始された。


 基本操縦訓練だけは、VRシミュレーターで行うが、シミュレーターは

六台しかなく、順番を待っている時間が無駄になる。

よってケンイチは、新入隊員を五つのグループ、つまり六人ずつに分けて、

待ち時間を無駄にしないように、順番に他の訓練プログラムを受けさせる

ことにしていた。


基礎訓練プログラムと担当講師は下記

[訓練プログラム①] VRシミュレーター訓練(基礎操縦訓練)

  担当講師:レオ、シンイー、ヴィル

[訓練プログラム②] 火星の衛星ダイモスとフォボスに関する座学

  担当講師:マリー

[訓練プログラム③] パイロット射出装置での緊急出動訓練

  担当講師:クリス、ダミアン

[訓練プログラム④] マーズ・ファルコン実機での点検訓練

  担当講師:アレクセイ、ハリシャ

[訓練プログラム⑤] 機体整備工場での機体構造の学習

  担当講師:ソジュン、ジョン

 

 VRシミュレーターの待ち時間を他の学習に有効に利用しながら

全員が二日間半でVRシミュレーターでの基礎操縦訓練を終えた。


 ***

  

 【新入隊員 飛行訓練 三日目 午後】


 いよいよ実機での訓練が開始する。

十機のマーズ・ファルコンに、新入隊員を搭乗させ、後部座席に第一中隊

の指導担当者が乗るというマンツーマンでの離着陸訓練を開始する。


 ケンイチは、指導担当を他のメンバーに任せ、自分は展望デッキの

第二管制室で各機の様子をモニターして、指示を出していた。


「パイロット待機室で順番待ちしている新入隊員も、前の人の機体の

 姿勢を見て、参考にするんだぞ。マルチ推進システムで水平を保って、 

 ホバリングできるようになれば上出来だ。

 あ、ノエル・ヴィシュエール、もうちょっと機首を下げよう」


—— ばらつきは有るが、みんな飲み込みは早いな —— 


「よーし。着陸して次の人と交代だ」


 ***


 ヴィルヘルム・ガーランドとシンイー・ワンは、新入隊員の訓練が終わり

夕食を取った後、二人で自分たちが練習するためにシミュレーション室へ

向かっていた。


「ねぇ、ガー君。新入隊員のみんな、すごく上手だよね、私、すぐに

 追い抜かれそうで困っちゃう」とシンイーがステップ・ムーバーを

飛ばしながら振り向いてヴィルに話しかける。


「そうだねシンちゃん。新入隊員たちは皆上手だよね。でも俺達は、

 隕石嵐やトロヤ・イースト事件も経験して、必至にVRシミュレーターで

 訓練して来たから、すぐには追い抜かれないんじゃない?」


 二人はシミュレーション室の前に着いたのでステップ・ムーバーを降り

ボタンを押してドアを開けた。


「あっ。ワン先輩、ガーランド先輩!」

二人にいち早く気が付いたのは、アイリーン・ルーカスという新入隊員

だった。驚いたことに、中には大勢の新入隊員がいた。


「ルーカス、トンプソンに、ボードレール、みんなここに来てたのか?」

ヴィルが驚いて質問する。


パトリック・トンプソンが答えた。

「マーズ・ファルコンって、ムーン・イーグルよりもいろいろ変わってて

 操縦が複雑じゃないですか。だから、真剣に訓練しないと、どんどん

 落ちこぼれそうな気がして、みんなで練習しに来たんです」


ヴィルとシンイーは顔を見合わせた。

「ね。本当に追い抜かされちゃいそう」とシンイーがヴィルに耳打ちした。


  ***


【新入隊員 飛行訓練 四日目】

 いよいよ、新入隊員達を単独で乗機させての訓練が始まる。

宇宙機発着場には、四十機のマーズ・ファルコンが準備されている。


 1つのチームは第一中隊の指導担当が乗る一機と、新入隊員が乗る

三機として、前部で10チーム作り、各チームで四機編隊を組む練習を

する。ケンイチは、また展望デッキの第二管制室から指示を出していた。


「よし。みんな準備は良いか。一度に四十機も離陸すると、衝突の危険が

 あるから、チームごとに順番に離陸していく。

 新入隊員は指導員の機体に遅れないようについて行けばいい。

 まだ無理をして、すぐに編隊を組まなくていいからな。

 安全第一でいくぞ。

 それじゃぁ。マリー・クローデルのチームから発進だ」


「こちらマリー・クローデルチーム発進了解」

マリー・クローデル機が離陸すると、新入隊員の三機も離陸を開始する。


—— あのふらついてるのは、ルドニコヴァ機か? ——


「ナターリャ・ルドニコヴァ。慌てなくていいぞ。機体を水平にして上昇だ。

 そう。それでいい。 じゃぁマリー、あとはよろしく」


「マリー了解。ルーカス、ルドニコヴァ、エディントン行くわよ。ついて来て」


 マリーが上昇しながら速度を上げる。後ろから三機が遅れまいと

必死に速度を上げた。

四機が少し離れたのを見届けると、ケンイチは次の指示を出した。


「次は、ハリシャ・ネールのチームだ。発進しろ」

「こちらハリシャ。発進します。みんな行くわよ」


 ハリシャ・ネールのチーム四機が離陸を開始した。上昇した所で

ネール機が速度を上げると、新入隊員の機体のうち一機は、みごとに

ネール機の斜め後ろの位置にピタリとつけている。

—— あいつ、結構上手い ——


 ケンイチはモニターで搭乗者を確認した。パトリック・トンプソン。

確か、月でのムーン・イーグルの飛行訓練でも成績が良かった奴だ。

—— なるほど ——


 第二管制室から離着陸の様子を見ているだけでも、新入隊員の中での

操縦技量に差があるのが良く分かる。そして、前を飛ぶリーダーへの

追従する飛行姿勢からは、パイロットの性格なども読み取れた。


 レオナルド・カベッロの率いるチームが飛び立った時、新入隊員の一機が

仲間の機体を追い抜いて、カベッロ機の右後ろに割り込むのが見えた。

—— 誰だあいつ ——


搭乗者は、リカルド・メンデスとなっている。

—— あいつか、あいつは要注意だな ——


  ***


 夕食後のシミュレーション室は、やはり新入隊員達でいっぱいだった。


 シンイー・ワンは、すでに自分が練習するのは諦めていた。

新入隊員達がVRシミュレーターから出て来た時に、先輩として

アドバイスなどをしている。


 シンイーがいるのに気が付いたアイリーン・ルーカスが寄ってくる。


「ワン先輩。練習と関係ないことを聞いてもいいですか?」

アイリーンはひそひそ声だ。

「なーに?」


「第一中隊の男の先輩たちって、みんな優しいし、ハンサムですよね。

 皆さんフリーなんですか?」とアイリーン


「えっ? フリー? 何が?」

「付き合ってる人がいるかってことです」


 シンイーは思わぬ質問にギクッとした。


 自分は思いを寄せているヴィルヘルム・ガーランドに、全然積極的に

アプローチできないままなのに、訓練が始まって一週間もたたないうちに、

後輩達はそんなことを考えているのか!


—— アイリーンは可愛いし、ガー君が好みのタイプかもしれない ——


「えっ、えっ、レオさんは、ハリシャさんと幼馴染で、友人以上

 恋人未満って公言しているけど、私は恋人以上の関係だと思うわ」


「そっかーやっぱり。

 カベッロ先輩っていつもネール先輩と一緒に帰るから、そうかなって

 思ってました。スタンリー先輩はどうなんです? 」


「ジョンさんかぁ。いつもダミアンさんと部屋で一緒にゲームしたりして

 仲良くしてるけど、恋人がいるかどうかは知らないなぁ」

シンイーは、次にヴィルのことを聞かれたら、どう答えようかと内心。

ハラハラしている、


「ワン先輩は、ガーランド先輩のことが好きなんですよね」

アイリーンは、ニコニコしながら直球勝負で聞いて来た。


「えっ、えっ、何で……」

シンイーは、自分の顔が一気に赤くなっていくのを感じた。


「ワン先輩、いつもガーランド先輩のこと、目で追いかけているから、

 すぐ分かりますよ」


 シンイーは慌てて口に人差し指をあてて、アイリーンを制した。

「シー! 恥ずかしいから大きな声で言わないで。皆に聞こえちゃう」


「え~、先輩達ってお互いに『ガー君』とか『シンちゃん』とか呼び

 合っているし、いつも一緒にこのシミュレーション室に来るから、

 みんな、もう十分、分かってると思いますよ~」


「お願い。声小さくして! お願い!」

 シンイーは二歳年下のアイリーンにタジタジだった。


  ***


【新入隊員 飛行訓練 五日目】

 さすがに五日目になると、新入隊員達もかなりマーズ・ファルコンに慣れ

てきて、まだ不格好ながらリーダー機を先頭にしたフィンガー・フォー

編隊を組めるようになっていた。


 第二管制室には、様子を見に来たアルバート・ヘインズ司令官が

ケンイチの横に立っていた。


「流石、SG4のエース中隊だな。あっという間にひよこ達が育っている

 じゃないか」と司令官。


「いや、まだかなり危なっかしいですよ。操縦に一生懸命になり過ぎて

 周囲の状況を見れていない。密集飛行させると事故を起こしかねません」


「まぁでも、日中の訓練が終わってからも、シミュレーション室が、

 満員になっているだけのことは有る」


「そうみたいですね。みんな、すごく練習をしているって、ヴィルと

 シンイーから聞きました」


「他の中隊の若手が、自分たちが練習できないと、嘆いていたよ。

 今度、シミュレーション室を増設する予算を確保しないといけないな」




次回エピソード>「第10話 地下街のいざこざ」へ続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る