第8話 新入隊員の到着

 火星の指令本部基地に戻った翌々日、ケンイチとソジュンは展望デッキ

に来ていた。今日まで非番だが、あと少しで新人メンバーが到着する

時間なので、どんな面構えなのかを見ようと言って『見物』に来たのだ。


 昨日、<マーズ・ワン>に到着した新入隊員達は、案内スタッフと

一緒にダイモスの宇宙港の見学を行ってから、<マーズ・ワン>に

戻って一泊した。今日午後には、ここ<センターシティー>の指令本部

基地に到着することになっている。


 まだ少し時間が早かったからか、連絡艇は到着していない。


「そういえばさぁケンイチ。マリーはご両親が月から来て、

 婚約者のピエールさんと籍を入れたのに、この基地の自室で単身で

 生活続けるって言ってるのは何でなんだぁ?」とソジュン。


「マリーは自室で天体運動学の論文も書いてるだろ。SGに許可貰って、

 広域警戒探査機が捉えた隕石のデータを解析してるから、

 基地内じゃないとSGのデータにアクセスできないって、言ってたぞ。

 表向きはな」


「表向き?? 裏も有るってぇこと?」


「これは俺の想像だけど、ピエールさんは、いま母親と二人暮らしだろ。

 いきなり同居が嫌なんじゃないかな。

 それに夫婦別姓を選択するからファミリーネームもそのままだ」


「そっかぁ。それだと、今までと何もかわんねぇ気がするねぇ。

 これまで通り、三人でお茶飲みながら作戦会議ができるしねぇ。

 例えば、どの新人を選ぶか……とかさ。

 ケンイチ。ところで、新人は何人来るんだっけ?」


「三十人だ」


「そりゃぁ大変だぁ。俺は名前覚えらんねぇ」


「宇宙機工学の博士号を持つ秀才が何言ってんだよ」


 そんな話をしていると、新入隊員を乗せているはずの連絡艇スパイダー

が華々しくジェット噴射をしながら垂直降下してくるのが見えた。

スパイダーはすでに着陸用スキッドを四方に広げている。


 四本のスキッドは二本の足で、ずんぐりむっくりした機体につながれ

ており、合計八本の足があるので『スパイダー』の愛称となったらしい。


 <マーズ・ワン>と<センターシティー>の間の行き来には、

このスパイダー型の連絡艇数機が定期運航しているほか、

今のような繁忙期には臨時便も多数予定されている。


垂直降下して来たスパイダーは着陸の瞬間、八本の足を曲げて衝撃を

吸収すると、その後はゆっくりと足を延ばし姿勢を戻して完全停止した。


 機体本体下のハッチが開いて、タラップが下がってセットされ、

案内のスタッフに続いて、緊張した足取りで新入隊員達が降りて来る。

火星の重力を確かめるように、地面に降りてからはぴょんぴょんと

跳ねる者が多かった。

これは、初めて火星を訪れる者がする定番の動作だ。


 出迎えた自動操縦のカートに数名ずつ乗り込んで、展望デッキのほうに

向かって来る。もうすぐ展望デッキのエアロックから入ってくるはずだ。


「ヘルメットで顔は見えないけど、動きはみんな若いな」ぽつりと

ケンイチが言う。

「ケンイチ。新入隊員を『若い』っていうのはさぁ。

 自分が年をとったって言ってることになるぜぇ」とソジュン。


 やがて展望デッキ中央のエアロックが開いて、八名ぐらいずつが

順番に展望デッキに入って来た。今日の新入隊員の案内は、担当

スタッフと、訓練担当教官のマルセル・デュランが行うので、

ケンイチとソジュンは、かなり遠巻きにして『見物』に徹している。


 近くでは、他にもSG4職員が数名、物珍しそうに新入隊員たちを

眺めている。入って来た新入隊員たちのほうは、自分の私物の入った

ボストンバッグを床に置き、展望デッキの写真を取ったり、数名でふざけ

合ったりしていた。


 ケンイチが、まだまだ後続が来るのかと、宇宙機発着場のほうに目を

向けていた時、大きな声が聞こえた。


「カネムラ先輩!」


 声がした方向を見ると、ラグビーボールが勢いよくケンイチの方向に

真っ直ぐ飛んで来ている。


その向こう側で、ボールを投げたと思われる新入隊員がこちらを

向いていた。


ケンイチは、その遠くから投げられたラグビーボールの回転と

スピードを見て、かなりの経験者が投げたのだと分かった。


 しかも、かなりの遠投なのに火星の重力をしっかり見極めて、

ケンイチの胸元にぴったりと来るコースで飛んで来ている。

—— あのやろ、誰だ? でも上手いな ——


 ケンイチは、ボールをキャッチすると、ボールを投げた新入隊員の

方へつかつかと歩いていく。ソジュンも興味深そうについて来た。


ケンイチは、ボールを抱えたまま話しかけた。

「君、名前は?」


「始めまして。リカルド・メンデスです。ツィオルコフスキー大学の

 低重力ラグビー部の出身で、カネムラ先輩の後輩になります」


「ポジションは?」

「スタンドオフです。先輩ほど活躍できませんでしたが」


「さっきのは、十分いいパスだった。でもこの展望デッキは、

 球技は禁止なんだ。残念ながらな。

 これはもう投げるなよ。今度外で一緒にやろう」


 ケンイチはボールをリカルドの胸にドンと押し当てて、受け取らせ、

握手するために右手を出した。


「よろしくお願いします!」

リカルド・メンデスは憧れの大スターと握手できる喜びで、満面の笑顔

になり、力いっぱいケンイチの手を握った。


その時、警報が鳴り、航空管制室からの一斉通信が展望デッキに響く。


「緊急着陸機が来る! 宇宙機発着場の作業員は退避しろ。繰り返す。

 緊急着陸機が来る!」


 窓から空を見ると、マーズ・ファルコンが二機近づいてきていた。


 ケンイチとソジュンは、展望デッキの中央にある第二管制室に急ぐ。

指紋認証パネルを叩くようにしてドアを開けて入った。

ここなら、何が有ったのかが良く分かるからだ。


 ソジュンが、第二管制室のパネルを操作して着陸要請をしている

機体の機体番号を調べる。

「第十二中隊の機体だぜ。今日はダイモスの当直のはずだ」


「ダイモスで事故でもあったのか?」


この火星と地球が最接近する時期は、ダイモスは、物資の玄関口

として混雑している。輸送船や荷役用の小型艇がひしめき合い、

接触事故等も頻繁に起きるのだ。


 マーズ・ファルコン二機は、すぐ目の前まで来ている。

激しくジェット噴射をしながら、垂直降下をして火星の細かい砂の

砂煙を派手に巻き上げながら着陸した。


 すぐに、昇降式デッキを備えた作業車が二台近づいていく。

デッキにはそれぞれ担架を持った医療部員が乗っていた。


 作業車が機体の横で昇降式のデッキを上昇させて、コックピット脇

までデッキが上がると、パイロットがキャノピーを開けてデッキに

飛び下り、後部座席のキャノピーを開けて、中から怪我人を下ろそうと

している。医療部員も手伝って、怪我人を担架に乗せた。


「機体番号見たらさぁ、シャルロッテ・ゲスリングの機体と、

 もう一機はアージュン・ダッタの機体番号だねぇ。

 第十二中隊の若手も、キビキビしてしっかりしてるよな」


「ああ。そうだな」


 ***


 展望デッキにいた新入隊員達は、全員が窓辺にかじりつくようにして、

そのマーズ・ファルコンの緊急着陸と、怪我人の搬送を眺めていた。


 訓練担当教官のマルセル・デュランが叫んでいた。

「ああいう緊急人員輸送も、お前たちの大事な仕事の一つだ。

 マーズ・ファルコンは隕石防衛だけでなく、この火星での様々な場所へ

 人や荷物を緊急輸送できるように設計されている。

 先輩たちの仕事を良ぉく見ておけ」


 窓のすぐ外では、パイロット達は医療部員に怪我人を任せると、

コックピットに戻る。昇降式デッキの作業車二台は、医療部員と怪我人を

乗せたまま展望デッキ下の医療区画に入るエアロックへと向かった。


 コックピットのキャノピーを閉めようとしたパイロットは、展望デッキ

の窓にへばりついて、自分たちを見ている新入隊員の一団に気が付いた。


パイロットは新入隊員達に向かって軽く敬礼をしてからキャノピーを閉め、

急速離陸すると、二機で見事に編隊を組んで旋回しながら急上昇した。


 展望デッキでは新入隊員達の拍手喝采が起こっていた。

「ヒャーカッコイイ!」「ステキ!」


 ***


 ケンイチとソジュンが<ベースリング>の、自分たちの部屋へ

戻ろうとしていると、マリー・クローデルが、丁度、帰って来て、

ばったりと出会った。


「やぁマリー。もう基地に来ちゃったのか? 明日から仕事でいいのか? 

 明日からご両親はどうするんだ?」とケンイチ。


「ピエールのお母さんも一緒に、五人でタルシス地方のバヴォニス火山の

 温泉リゾートに行って、二泊三日を過ごして来たの。

 両親は、今晩<センターシティー>のホテルでゆっくりして、

 明日からは二人でマリネリス峡谷ツアーに行くって、張り切ってるわ」


「そうか、初めての火星だもんな。あちこち見たいよな」


「マリーはピエールさんとさぁ、ハネムーンに行かないでいいのかぁ?」

とソジュン。


「ピエールの第七中隊も、この前の大隕石嵐で、沢山の怪我人が出て、

 今は人員不足でしょ。だから少し先にしようってことになったの。

 彼ったらね、温泉リゾートから見えたオリンポス山の景色をずいぶん

 気に入っちゃってね。

 今度は、二人でオリンポス火山 山頂リゾートでゆっくりしようって、

 予約状況を確認してたわ」


「げっ! あの太陽系で一番、標高が高い火山のリゾートホテルってぇ

 売込みの超高級ホテル<ザ・オリンポス>だろ? 

 すんげぇリッチ」ソジュンは目を丸くしている。


「それでも予約がいっぱいなのよ。しばらくはダメみたいね」


「マリー。そりゃぁ。地球と最接近するハイシーズンで、地球圏から

 大金持ちがわんさかツアーに来てるんだ。

 そこを狙うなら、閑散期になるまで待たないと」とケンイチ。


「それも良いかもね。そのころには新入隊員が戦力になって、休みやすく

 なるだろうから」マリーが返答した。


「その新入隊員が早期に戦力になるかどうか……は俺達の明日からの

 新人訓練の指導にかかってるんだがな」





次回エピソード>「第9話 新人訓練開始」へ続く






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