第4話 副司令官の野心

 SG4指令本部基地で、アルバート・ヘインズ司令官は、ガルシア

副司令官とケンイチ、マリーとの四人のオンライン会議を終えると、

深く溜息をついた。

—— また、<テラ>か。 これは大騒ぎが再燃するな ——


 三ケ月半前に勃発したトロヤ・イースト事件は、

アース・フェニックス型大統領機<シカゴ>でウィルソン大統領と共に、

第一中隊メンバーが同行した調査隊によってコロニー群が解放されて

一応は収束した。

 しかし、逃亡をしたテロ組織<テラ>の行方は、いまだ不明である。


 SG本部に報告するため、マリー・クローデルに解析結果を、

わかり易くまとめ、報告書を本日中に作成するように指示したが、

それをSG本部に送ったら、小惑星帯方面の徹底捜索を行うべきだ

という、強硬論者の声が再び大きくなるのは間違いがなかった。


 ジャック・ウィルソン大統領は、『人と人は争ってはならない』

『人と人は殺し合ってはならない』という政治信念を持っている。


大統領はその信念に基づき<テラ>が『世界政府からの完全な独立』を

目的として逃亡したのであれば、それを追うのは止めて、双方に無用な死者

を出すのは避けるべきだと、世界政府としての強い意志を示した。


 その強い意思表明によって、テロ組織<テラ>を殲滅するための

部隊を結成したほうが良いとの意見は抑え込まれて来た。


 しかし、宇宙防衛隊スペースガード(SG)は世界政府の直轄組織では

あるが、そのような穏健派の大統領とは異なり、内部にはテロ組織は

撲滅すべきだとの強硬派も大勢いる。


 そもそもSGは隕石防衛をする部隊であり、軍隊ではない。

それに犯罪者を捕まえるのは、別組織の保安部隊のほうの業務である。

しかし、大きな組織を配下に持つと、その力を誇示したいという輩がでる

のは避けられないことだった。


 アルバート・ヘインズ司令官は、ジャック・ウィルソン大統領と、

幼馴染で、兄弟のように一緒に育ってきた大親友でもある。


 ヘインズ司令官としては、親友のウィルソン大統領の政治信念は、

良く分かるし、共感もしている。<テラ>の行方が全く不明のままで、

強硬論がこのまま消えていけば良いとヘインズ司令官も本気で願っていた。


 トロヤ・イースト事件の時は、止むを得ない状況で、第一中隊を調査隊

に指名して送り出しはしたものの、本来は対有人機攻撃などする業務では

ないはずの自分の部下を、危険な任務に送り出したという負い目で、

誰一人欠けずに帰任できると分かるまでは、胃薬を飲む毎日だった。


—— まさか、あの第一中隊メンバーが<マーズ・ワン>に

   当直勤務した丁度その時に、隕石と『棺』が衝突したという、

   ものすごい偶然で、こんなメッセージが届くとは ——


***


 その頃、<マーズ・ワン>の医療部スタッフが、完全に隔離された

医療区画に遺体を運び、慎重に調べていた。

身元が分かるようなものは、棺には何も入っていない。


 また、その女性の遺体は、全身に赤い発疹や水膨れがあり、

かなりひどい状態で、類似する症例を、医療データベース内に見つける

ことはできなかった。


 強いて言えば、帯状疱疹とエボラウィルス病の両方の症状を合わせて、

五倍ぐらい悪くしたような感じで、間違いなく毒性の強いウィルス病

だろうということは、医療部のスタッフ達は感じていた。


 ***


 副司令官室からケンイチとマリーが出て行くと、ジェローム・ガルシア

副司令官は、興奮が治まらず、一人でにやにやしていた。

—— これは、グッドタイミングだ ——


 自分が数年に一度開催されるSG方針会議に出席するために、

月へ向かっている途中で、トロヤ・イースト事件が勃発した。


 そして、自分の知らないうちに調査隊が現地へ送られ、

事件が解決したため、自分はSG本部の幹部連中と一緒に、

外野として事件のことを聞くしかできず、自分の指揮能力を幹部に

アピールすることは、全くできなかった。


 何とかポイントを上げようとして、この地球と火星が最接近する

好機を生かして、火星に各所のSG部隊を集めて合同訓練をしたら

どうかと言う提案をした。

そして、SG方針会議に出席したメンバーの同意を得ることができたのだ。


 再来週にはSG幹部が合同訓練メンバーと共にこの火星に来る。


このまたとないチャンスに、<テラ>の潜伏先が分かるかもしれないと

いう朗報が入ったのだ。しかも、今度は自分が常駐し、指揮を取っている

この<マーズ・ワン>に、あのが届いたのだから。


 上手く行けば、目の上のたんこぶのような、ヘインズ司令官よりも、

自分が優秀な指揮官であることを示し、地球圏に戻っていいポジションに

就任できるかもしれない。そうしたら、こんな辺ぴな火星とはおさらばだ。


 ガルシア副司令官は、通信機をONにすると、遺体の解剖も含めた

徹底調査を急ぐように、<マーズ・ワン>内の医療部に指示を出した。


 ***


 副司令官室で、ヘインズ司令官とのオンライン会議を終えた

ケンイチとマリーは、ステップ・ムーバーでパイロット待機室へ

戻りながら話をしていた。


「そういえば、あの『棺』が飛んで来る前に、副司令官に呼ばれて

 いたのは、何だったの?」とマリーが振り向いて言った。


「あぁ、緊急警報が入ったんで、話の本題に入る前に、チャンスと見て

 副司令官室から飛び出したからな。詳しい話は聞かずじまいだ。

 俺は、あの人あんまり好きじゃないんだ」


「そうね。見るからに野心家だものね。

 親のように振舞ってくれるヘインズ司令官とは大違いのタイプね」


「ところでマリーのご両親は、明日、月から到着するんだったよな」


「ええ、明日の午後一時ぐらいの到着予定。悪いけど、明日は午後半休に

 させてもらうわ。両親は火星に来るの初めてだから」


 マリーは、第七中隊の中隊長のピエール・マクロンと婚約している。

この地球と火星が最接近する時期に合わせ、月からマリーの両親を呼んで、

火星に住むマクロンの母親と五人で顔合わせをしてから、二人は籍を入れる

ことになっていた。

これは、トロヤ・イースト事件が起きる前から決まっていたことだ。


「マリーのマーズ・ファルコンは、ピエールさんが火星まで乗って帰って、

 マリーはご両親と一緒に連絡艇で<センターシティー>に降りるん

 だったよな」


「ええそう。でも明日来る大型旅客船は、搭乗人員が多くって、

 シティーへの連絡艇の予約が取り難かったのよ。

 結局、第四便になっちゃったから、それを待つ間は、ピエールと

 四人で、<マーズ・ワン>のレストランで食事することにしたの」


「そりゃぁ。ご両親は喜ぶんじゃないか? あのレストランの個室は

 火星を見下ろす大絶景ポイントだから。ちょっと目が回るけど」


「ピエールは私の両親に初めて会うから、『緊張して食が進まないだろう』

 ってちょっと難色示してたけどね」


「ピエールさんも今までにビデオメールは何度もやり取りしてるんだろ?」


「やっぱり直に話をするのと、録画をするのは違うわよ。

 撮り直しできるわけじゃないし」


「あっはっは。そりゃぁ直に話をするんだから、『撮り直し』は

 できないな」


 ***


 <マーズ・ワン>の医療部エリア、隔離部屋の中の検査室。

防護服に身を包んだ医療部スタッフ達が、女性の遺体の左の薬指から、

結婚指輪を慎重に抜き取って、消毒をしてから調べた。


「おい! 何語かわからないが、何かの文字が書いてある」

その医療部スタッフが、拡大鏡で文字をクローズアップして、モニターに

投影した。


基地コンピュータ アマンダに聞く。

「アマンダ。これは何語で、何て書いてあるんだ」


「はい。これは地球時代のギリシャ語です。

 書いてある意味は『ザハリアスからアレクシアへ愛をこめて』です」


 隔離部屋の医療部スタッフ達は、初めて身元調査の手掛かりとなる

情報を得られたことに喜んだ。隔離部屋にいたスタッフ達で顔を

見合わせると、通信で外の医療部メンバーに伝えた。


「おい。急いで医療部長とガルシア副司令官に連絡を取れ」




次回エピソード>「第5話 判明した身元」へ続く

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