第3話 棺はどこから?

 宇宙ステーション<マーズ・ワン>のパイロット待機室。


 ソジュン・パク機のガンカメラ映像の転送も終わり、

当直担当の第二分隊以外は、もう休憩室に戻っても良かったのだが、

初めて経験する宇宙葬のご遺体の回収という事態に、第一中隊の全員が

興奮して待機室に残っていた。


 クリスティーン・ライムバッハーがパイロット休憩室から、

お手製のクッキーを運んで来たため、皆でドリンクカップを片手に、

あのような形で飛来して来た『棺』について推測を語り合っている。


「あんなきれいな花束を持たせたってことは、ご家族か、仲の良い人が

 別れを惜しみながら、送り出したってことよねぇ」そう言いながら、

ハリシャ・ネールが、ドリンクのカップを口に運ぶ。


「それなら、あんな荷物を送る時に使うような安っぽい袋に入れるか?

 家族ならもっとまともな『棺』に入れたいと思うだろ?」

とハリシャとは幼馴染のレオナルド・カベッロ。


ジョン・スタンリーがクッキーをほおばりながら話に参戦した。

「レオさん。明らかに地球圏とは違う方向から飛んで来たんですよ。

 だから、宇宙旅行中の家族が立派な棺を準備できなかったって

 ことも有るんじゃないっすか? 

 おっ! クリスさんこのクッキー美味しいですね。

 お前はどう思う? ダミアン」


「うん。クッキー美味しい」とダミアン・ファン・ハーレン。


「いやクッキーの事じゃなく、あの『棺』のことをどう思うか

 を聞いたんだ」


「ワームホールから来た」ニコニコしながらダミアンがしゃべる。


「それは、今、お前がはまってる小説のことだろ。ワームホールなんて

 小説の世界にしかねぇよ。あの女性が異星人だっていうのか?」


 その時、待機室のエアロックが開いて、マーズ・ファルコンから降りて

来たソジュン・パクが、ヘルメットを脱いで顔を見せた。


「ソジュン。お疲れさん」とケンイチ。


「別に体はそんなに疲れちゃぁ無いけどね。ちょっくら、緊張したなぁ。

 珍しく、航空管制員のクラインベックさんに『グッジョブ』って

 褒められちゃったよ。明日、雨降るかもしれないなぁ」

ソジュンが上のほうを指さして言う。


「ソジュンさん。火星や宇宙ステーションで雨降ったら、

 遺体の回収よりも、もっともっと大ニュースになっちゃいますよ」

アレクセイ・マスロフスキーが、真面目な顔をして言ったので、

横にいたハリシャが、飲み物を吹き出しそうになって口を押えた。


 第一中隊のメンバーは仲がいいので、暇な待機中はいつもこんな感じだ。


 その中で。マリー・クローデルだけが、無言で真剣に自分のタブレット

に何かを打ち込んでいる。かなり集中していて、周りの声も聞こえて

いないようだ。


 マリーはSG4の優秀なパイロットというだけでなく、天体運動学の

博士号を持つ天才肌の研究者でもある。


あの『やわらかな棺』の飛行コースや、回転速度などのデータを、

自分のマーズ・ファルコンのガンカメラ映像から割り出して、解析して

いるのだろうということは、みな分かっている。


 宇宙空間を運動する物体の解析は、彼女の専門分野だ。

あれが、何処から来たのか、皆がマリーの解析を待っていたが、

マリーが集中している間は誰も声を掛けなかった。


マリーが独り言を言った。

「えっ? そうか……」タブレットを激しく操作する。

少しして、手が止まった。

「まさか……まさか。そんなこと……」


マリーの独り言が気になって、全員がおしゃべりを止めていた。

マリーは皆に注目されているのにも気が付いていない。


やっと周りの雑談が無いことにハッと気が付いて、キョロキョロした。

「えっ?」


「マリー。何か分かったのか?」とケンイチが代表して聞く。

「まだ仮説のデータばかりだから、何とも言えない……けど……」

「けど?」


「ちょ、ちょっと待って。まず何か飲むわ」


「はい。これマリーさんのミルクティー入れて来ましたよ」

クリスが横から温かいカップを差し出す。


その横からは、ダミアンもクッキーの入った箱を手渡した。

「クリスさんの」


「あ、ありがとう」マリーはカップとクッキーを受け取る。

両方を少し味わってから、タブレットの画像を、壁のモニターに映して

話し始めた。


 画像には、太陽の周りを回る地球の公転軌道と、火星の公転軌道が、

表示され、地球と火星の現在位置がマークされている。

その図は、あと一ケ月弱で地球と火星がほぼ最接近状態になるのを

示していた。


「さっき飛んできた、あの『棺』は、こっちの方向から来たの」


 画像に火星から一本の直線が引かれる。地球とは全然違う方向だ。

誰が見ても地球圏から飛来したのでは無いことはわかる。


「でも、あの『やわらかい棺』は、隕石に当たったような傷があって、

 高速で回転しながら飛んで来てたわよね。

 ということは、この直線の何処かで、あの『棺』が

 という情報しか無いの。

 もともとは別の方向に向かって飛んでいたのかもしれない」 


皆は、質問する糸口も無いので、黙って画面を見つめていた。


「だから、この直線だけでは、あの『棺』が何処から送り出された

 ものかは分からない。

 でもね。ヒントはその衝突した隕石の方に有るのよ」


 マリーがモニターに別のウィンドウを出して、CG画像で描いた

『やわらかな棺』っぽい物と隕石の衝突するシーンを出す。

力の方向を示すベクトルや、様々な数値が表示されている。


「あの『棺』にあれだけの速度と、回転を与えられる隕石を推定すると

 かなり大きな隕石ってことになるの。そんな大きな隕石が、ここ数日

 この火星圏の近くに来ていないのは、みんな良く分かっているわよね」


 マリーがタブレットを操作すると、地球や火星の公転軌道を示していた

図が縮小されて、映されている範囲が小惑星帯まで広がった。


「火星圏にある隕石探知機は、あの大きさの隕石を感知していない。 

 だから、この範囲よりも遠くで、あの『棺』と隕石は衝突したはずよ」

図には、火星圏の隕石探知機の探知エリアが丸く表示された。


「さらにね。この直線方向に有る少し遠くの広域警戒探査機群の情報も

 さっき調べたんだけど、ここ最近は、どの探査機もこんなに大きな

 隕石は探知していないのよ」


『棺』が来た方向を示す直線上や、直線に近い場所にある広域警戒探査機

の探知エリアが、いくつか丸く、表示された。


「隕石が衝突で運動エネルギーをあの『棺』に与えたとしても、隕石自体

 が、そのまま消えてなくなるわけじゃないから、衝突した後の隕石が

 漂っていたら、このあたりの広域警戒探査機が探知するはずよ」


マリーはタブレットを指でなぞって、ぐるっと大きな楕円を描いた。


「だから、衝突したポイントは、この範囲では無くて、もっと遠く

 なんだろうという仮説が成り立つの」


「おいおい。衝突した場所がその範囲じゃないっていうなら、

 随分と遠くじゃないか。そんなに火星から離れて遠くだと

 航行してる宇宙機もぐんと少ないぞ」とケンイチが質問した。


「そうよ。でもその遠くのほうを

 みんな知っているでしょ」

マリーの意味深な言葉に、待機室内のほぼ全員が気が付いて絶句した。


「まさか、<ヤンゴン>だって言いたいのか?」

ケンイチは言いながら、事の重大性に目を見開いた。


 ***


 <ヤンゴン>とは、ブルー・ホエール型の大型無人輸送船で、

三か月半前トロヤ・イースト事件で、テロ組織<テラ>に強奪された船だ。


 のラグランジュ・ポイントL4に有るトロヤ・イースト

という宇宙域で、テロ組織<テラ>は、世界政府からの完全独立を訴え

テロを起こした。


 そして、<ヤンゴン>に加えて、トロヤ・イーストの宇宙ステーション

<エルドラドベース>も強奪した。

<ヤンゴン>は巨大無人輸送船であり、物資を多く積み込むことはできるが、

疑似重力を発生させる居住設備や、物質のリサイクル装置などは無い。


 このため、<テラ>はそれら居住に必要な設備を持つ<エルドラドベース>

と<ヤンゴン>を合体させ、巨大な移動可能な基地として仕上げた。


 <ヤンゴン>には、トロヤ・イーストのSG部隊SGTEから強奪した

スペース・ホーク多数や、トロヤ・イーストの保安部隊の使う保安艇も多数

積み込んだほか、大量の物資も積んでいる。


 そして<テラ>のリーダーである元政治家のルカ・パガニーニは、

マッド・サイエンティストであるルドルフ・カウフマン博士とともに、 

『世界政府からの完全な独立』を訴え、テロを起こし、

その『独立』に賛同するトロヤ・イースト市民を二百五十人以上乗せて

逃げている。


 その<テラ>の逃亡先はまだ分かっていない。


 ***


「えーと。<ヤンゴン>以外の可能性……例えば、小惑星帯メインベルトに

 ある小惑星に住んでいる資源開発省の局員や、

 あそこのSG部隊のSGMBの関係者ってことは考えられ無いんですか?」

ヴィルヘルム・ガーランドも質問する。


「SGMBの関係者なら、法律に違反してまで宇宙葬なんてするかしら?」

とヴィルと同期のシンイー・ワン。


「そう小惑星帯には、資源開発省の局員や、SGMBの隊員も住んでる。

 でも、準惑星ケレスを始めとする彼らの主要な拠点はこの方向には

 無いのよ。いずれもかなり離れているわ」とマリー。


マリーはタブレットを操作して、図の地球や火星の公転軌道の上に

いくつかのポイントをプロットさせた。


「これは三ケ月半前の、地球、火星、トロヤ・イーストの位置よ」


 ***


 当然のことながら、地球や火星の位置は、この三ケ月半で

大きく動いている。


 地球は火星よりも公転周期が短く、地球の方が早く太陽の周りを

回っていて、両者の会合周期は約780日である。

このため、トロヤ・イーストや地球と、火星との相対的な距離も

大きく変化している。


 トロヤ・イースト事件が勃発した三ケ月半前は、

でのラグランジュポイントL4に位置する

トロヤ・イーストと、火星がほぼ最接近状態だったが、

今はトロヤ・イーストよりも、地球のほうが火星に近い。


 ***


「あの、トロヤ・イースト事件で、<テラ>に強奪された<ヤンゴン>が

 トロヤ・イーストからこっちの方向に発進したことまでは分かってる」


図に、三ケ月半前のトロヤ・イーストの位置から発進した<ヤンゴン>の

進行方向を示す直線が示される。その直線はあの『棺』が来た方向を示す

直線と、小惑星帯(メインベルト)まで行く少し手前で交差していた。


「<テラ>の逃亡先は判明していないけど、居住できる小惑星……

 そう水を何らかの形で含有する小惑星を、この周辺の小惑星帯で

 探しているはずと、考えられているの」


黙って聞いていたジョン・スタンリーが口を開く。


「クローデル副隊長。あの『棺』が<ヤンゴン>から来たと言う推測が

 当たっているとしたら、この解析結果の図は、<テラ>の現在位置を、

 かなり絞り込める情報って、ことになっちゃいませんか?」


「そう見えるでしょ」とマリー。


マリーはケンイチの方を向いて言った。

「これは、確たる証拠の少ない単なる仮説よ。でも、ヘインズ司令官や、

 ガルシア副司令官に伝えてもいいぐらいの仮説だと思わない?」


「そうだな」

 ケンイチは大きく頷いて通信装置をONにした。



次回エピソード>「第4話 副司令官の野心」へ続く











  

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