第8話 さて、自己紹介と行こうか! 俺の名前は──あれ…なんだっけ…

「自己紹介!  ティナリーからする!  」


「お、じゃあティナリーからな!  」


「わ〜い!  」


 ティナリーはそう言って喜ぶとアイちゃんの上から降りて自分の足で立った。


「自己紹介…えっと、ティナリーはティナリー。こっちはお友達のアイちゃん!  」


 そう言って楽しそうに挨拶するティナリー。


 アイちゃん…アイちゃんか…

 確かアイちゃんってキャラストーリーでなんか重たい背景があったような気がするんだが…なんだったか…


 覚えてないな…


「アイちゃん…?  ティナリーさん、それは影のモノですよね?  」


 アイちゃん初見であるアリーシャが少し怯えた様な目でアイちゃんを見て言った。


「ちがうよ、アイちゃん!  」


「そ、そうですか…」


 アリーシャに怯えた様な目を向けられているティナリーだか、当の本人は慣れているためなのか気にしていない様子だ。


「つ、次はわたくしですね…私はアリーシャ。水系の魔法が得意です!  よろしくお願いいたします…」


 そう言ったアリーシャはその場で淑女のようにカーテシーをした。


 綺麗な礼だ。

 そういえばアリーシャは元々貴族のご令嬢だったんだったか…


 ルシルの様に腰まではないが、それでも長い水色の髪に金色の瞳。

 真っ白のとんがり帽子。

 フリルがついてふわふわしている白い絞り袖の長袖シャツに、黒い襟と水色の装飾が付いているワンピース。

 外側が白で内側が水色のローブを着ているささやかな胸の美少女がアリーシャだ。


 派手では無いがとても可愛らしく、4人の中では1番オシャレだ。


「次は僕ですね。僕はソーマ、薬師ですので怪我をした時は言ってください!  」


 バターブロンドの短い髪に青い瞳、長袖半ズボンで大きなバックを持っている。

 耳が長いのは種族的な特徴だろうか…そんな可愛らしい見た目の少年であるソーマが自分の胸を叩いた。


「その耳と小柄な体型は…ハーフリングか?  」


「はい!  こんな見た目してますが50年は生きてますので、怪我の際は安心して僕に任せてくださいね!  」


「わかった!  怪我の時はソーマを頼らせてもらう」


 ソーマには知識という面でも頼る事は多いだろう。


「……次はルシル、頼めるか?  俺はさっきまでの経緯なども話したいから最後の方が都合がいいんだが…」


 俺がそう言うとルシルが頷いた。


「わかりました、では…恐れながら私が。第1所属のルシルです。短い間になると思いますがよろしくお願いします」


「……終わりか?  」


「はい」


「そうか…」


 うーん…真面目。

 もっと肩の力を抜けばいいのに…


「じゃあ最後は俺だな…俺は──」


 そうして自分の名前を言おうとして止まった。

 思い出せなかったからだ。


 あれ…


 俺って何て名前だったっけ…?


「お兄ちゃん…大丈夫?  」


 顔色の悪い様子を見てティナリーがそう尋ねた。


「ティナリー…心配かけたようですまないな…」


「指導者様、ご自身の名前を思い出せないのですか?  」


「あぁ…実はそうなんだ」


 ラストアルカディアの主人公にはデフォルトネームの類は設定されてなかった。

 だから、代わりに答えられそうな名前も残念ながらない。


「救世主様は記憶を失ってらっしゃるのですか?  」


 アリーシャがその綺麗な金色の瞳で心配そうにこちらを見ている。


 ルシルもそうだがめちゃくちゃ美人でそれはそれは可愛いので見つめられるとドキッとする。


「自分のスキルについては何となく覚えてるんだが…それ以外はさっぱりだ」


 戦闘中に出ていたゲームの画面の元だろう【ラストアルカディア】。

 そして、さっき0-3ステージを1度なかった事にした【リセット】…

 俺のスキルはこの2つなのだろう。


 俺が実際に思い出せるのはその内の1つ【ラストアルカディア】についてだけだが…


 まあ、【リセット】がある理由も何となくわかる。


 たぶん俺がリセマラやらリタマラやらでリセットばっかりしてたからだろう。


「……でしたら指導者様、ご自身の新しい名前を今決められてはどうでしょうか?  」


 ルシルがそう提案した。


「僕もそれに賛成です!  」


 ソーマがそう言ってルシルの提案に賛同した所で他の2人を見ると、2人も同意する様に頷いていた。


「それがいいですわ…名前が無いというのは悲しいですもの…」


「ティナリーもそれがいいと思う〜」


「そうか…皆がそういうなら今何か考えるか…」


 名前が無いと不便なのはそうだしな。


 にしても…


「名前…名前なぁ…」


「救世主様のその漆黒の綺麗な御髪にちなんでシュヴァルツなんてどうでしょう?  」


 悩みこんだ俺を見てアリーシャがそう言ってくれた。


 せっかく考えてくれた名前だから断りたくは無いが、シュヴァルツは…ダメだな。

 敵サイドに同じ名前のキャラがいる。


 それにそれがなくてもなんかしっくり来ない。


「いい名前だと思うがなんかしっくり来ないな…」


「そうですか…」


 アリーシャが残念そうに言った。


「では、その印象的な緑の瞳からグリューン様と言うのはどうですか?  」


 今度はソーマがそう言ってきた。


 が、その名前は後々同名のキャラが出てくるから無しだろう。


「すまないがそれも後々差し障るからやめておいた方がいいだろう…」


「そうですか…」


「せっかく考えてくれたのにすまないな…」


「いえ、名は体を表すとも言いますし、大事なものですから」


 ソーマが真剣な表情でそう言った。


 大事…まあ、そうだな。

 俺も自分の名前が変な名前になるのは嫌だしな。


「……では、光という意味がある『リヒト』なんてどうでしょうか…? 」


 悩んでいる俺に今度はルシルが提案してきた。


「光? 」


 なんかそれ…ルシルの事だし、大層な理由がこめられてそうなんだが…


 俺そこまでの人間じゃないぞ…?


「リヒト様…いいですね!  さすが第1部隊の方です…わたくしもさっき自分が言ったものよりそちらが良いと思います!  」


「神様はこの世界の希望の光となる方ですから僕もピッタリだと思います!  」


 アリーシャとソーマの2人も口々にそう言って賛同した。


 ……あれ。

 これってもうリヒトで決定な流れ?


 俺は最後の希望をこめてティナリーを見た。


「リヒトお兄ちゃん…?  どうかした?  」


 ティナリーが綺麗な紫色の瞳でこちらを見あげながら首を傾げた。


「リ、リヒトお兄ちゃん…」


 リヒトという名前を否定してくれる別案を言ってはくれないティナリー。

 きょとんとした顔で俺を見上げている。


 可愛いロリっ子の上目遣い… 

 そして当然ながら声もめっちゃ可愛い…


 ロリコンではないが、こんな可愛いロリっ子が『リヒトお兄ちゃん』と呼んでくれるならリヒトでいい気がしてきた。


「……じゃあ…リヒトにするか」


 別にロリコンとかじゃないからな。


 みんなソシャゲのキャラなだけあって可愛いんだ!!


 そんな子達に見つめられてなんとも思わないやつなんて人間じゃない!!


「決まりですね…私の考えた名前を採用してくださりありがとうございます、指導者様──いえ、リヒト様!  」


 キラキラとした笑顔でルシルが嬉しそうに言った。


「お、おう…そんなに嬉しそうにされると照れるが…改めてよろしくな」


 俺が笑ってそう言うとルシルは動きをとめた。


「……ルシル?  どうかしたのか?  」


「いえ…なんでもありません!  よろしくお願いします、リヒト様」


 ルシルがそう言って微笑んだ。


 ?

 ルシルの様子がおかしい?


「ルシ──「リヒトお兄ちゃん!  せっかくお兄ちゃんに強くしてもらったティナリーのアイちゃんが元に戻ってるの!!  」」


 え?


 あぁ!?


「そうだな…それ説明しないといけないと…思ってたんだった…」


「説明?  」


 ティナリーがきょとんとした目で俺を見た。


「あぁ、それは──」


 俺は説明しようとして止まった。


 なんて説明するべきかわからなかったからだ。


 さっきの俺は…ただゲーム脳でこれからの攻略など考え、効率という点だけでティナリーのレベルを初期化した。

 だが、この一連の事が…この世界で実際に生きている女の子から独断で力を奪ってしまっただけに過ぎないと気づいてしまったからだ。


「……。」


 気づいたからこそ思う。


 さっきまでの俺は突然の異世界転生にどこかふわふわしていたのだろう…と。

 そして今は…そんなうかれた気持ちが無くなって、急に現実に戻された。

 そんな気持ちだった。


 内心では嫌だなんだと考えていても…

 元々この世界は飽き性の俺が半年も真剣に続けられたそんなゲームの世界なのだ。


 好きじゃないゲームなら半年も続かない。

 俺の事だから、もし好きじゃなかったなら数日で辞めている。


 ……そうか…俺は──


「この世界に来れて…嬉しかった、のか…」


 それなのに俺は…

 好きなキャラ達に不誠実な真似をしてしまった。


 一体…なんて説明すればいいんだ…


『ティナリーは弱いから別のやつ強くするためにレベルを奪った』?


 そんなの言えるわけがない!


 気持ち的にも…ゲーマーとしても…


 だって。

 ティナリーは決して弱くない。


 というか、ラストアルカディアに完全に役に立たないとかそんな風に弱いキャラは存在しない。


 みんなそれぞれに強みがあって活きる場がある。


「リヒトお兄ちゃん…?  」


 悩む俺にティナリーが心配そうに言った。


「ティナリー…」


 俺はティナリーの顔を見て覚悟を決めた。


「急に黙り込んですまない。少し自分の頭の中で整理していたんだ…」


 好きなキャラ達に嘘をついて騙してでも、生きるために…最善を選択する覚悟を。

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