第十六話 初めてのお泊りした!
「はぁ~、宿が残っててよかったぁ」
「飯も美味かったし、本当に泊まれてよかった。クローデットのおかげだな。値段も格安だったし」
今泊っている『囁く小悪魔亭』は、創業100年を超すワイズの街の老舗高級宿だ。
清掃が行き届いた個室には、小さいながらも浴室まで備えられ、調度品の類も高級そうな物が置かれている。
本来なら門前払いだったはずだが、クローデットが宿の創業者からもらっていた特別会員証を見せると、格安で部屋を提供してもらえたのだ。
その特別会員証は、宿の創業者の仕事を手伝ってもらったものらしい。
おかげでふかふかのベッドと、浴室付きの個室で部屋に運ばれた食事を終え、備え付けの部屋着に着替えて、ふかふかのソファでゆったりとしている最中だ。
「いやいや、さっきも言ったけど、あーしはここのお仕事をちょっと手伝っただけ。その後、100年も封印されるとは思ってなかったけどさぁ」
「1泊30万レギルが、300レギルになる特別会員証がもらえるって、どれだけいい仕事したんだ?」
「え? 知り合いの野良サキュバスたちを人族に化けさせて、宿の給仕に雇ってもらっただけ。それで美人な給仕がいる店ってクチコミが拡がって大人気になって繁盛したわけ。あーしも100年でここまでいい宿になるとは思ってなかった」
「えーっと、従魔契約は?」
「してないよぉ。だってまだマスター探してた野良の子たちだし」
「違法だよな……それって」
「まぁ、100年前の話だしぃ、バレてないわけだからぁ。それに当時、紹介した子たちも、もう宿にはいないから時効、時効」
まぁ、それもそうか。
100年前のことをいまさら蒸し返す人もいないだろうしな。
俺が何も言わなきゃ、問題は起きないか。
格安で宿を提供してくれた今の支配人にも悪いし。
「今の話は俺の心のうちに留めておくことにするよ」
「うんうん、そうしてあげて。それよりも、これからどうする? おじさんはこっちで生きていくことを決めてくれたけど。生きていくのはお金もかかるわけでぇ。あーしがお金いっぱいあればよかったんだけど、封印された時にいろいろとあのクソ爺に没収されたものも多くて、収納魔法の中にしまってある物もあんまり価値のあるものはないしぃ」
俺は傍らに置いていた真っ黒な刀身の大剣を、拳でコンコンと叩く。
「剣があれば、冒険者として食っていけるだろ」
「だよねー。おじさんにはそれが一番似合うかも。あーしもお手伝いするしぃ。明日から2人でいっぱいお金稼ごう!」
「ああ、明日は冒険者ギルド行って、依頼を探すつもりだ」
「おっけ、おっけ。じゃあ、あーしは今からお風呂に入るけど、おじさんも一緒に入る? あーしが背中洗ってあげるよ?」
「それに関しては、宿に来るまでにちゃんと話し合っただろ。俺はSランク冒険者になって富と名声を掴むまでエッチな行為はできないから我慢してくれって」
従魔契約を結んでしまった以上、クローデットは俺の意向には逆らえない。
だから、俺が求めれば何でもしてくれるだろう。
けど、それがクローデットの本心からの気持ちなのかを考えると、契約の力の影響ではないかと考えてしまう自分もいる。
それに、俺の持つ超レアスキルはえっちな行為をすると消えてしまう物があるわけで……。
異世界に転移してしまい、こちらの世界で生きることを決めた俺としては、Sランク冒険者として金を稼ぎ、安定した生活を送れるようになるまでは、クローデットの気持ちに応えることはできないのだ。
「ちぇー、おじさんのけちー。あ、でも朝のおはようのちゅーは約束したとおりにしてくれるよね? ね?」
「ああ、それは約束だからな。きちんと守る。クローデットの体調を整える意味もあるしな」
サキュバスクィーンであるクローデットは、男性の精気を吸って命を長らえるので、精気が吸えないとHPもMPもSTも回復しない身体だそうだ。
その話を聞いたので、警告が出ない程度に朝のキスをすることは許した。
俺は精気を吸われても、ほとんど影響はないわけだし、従魔になった彼女の健康管理の責任もある。
「じゃあ、じゃあ、朝のちゅーして、ムラムラしたおじさんに襲ってもらえるよう、しっかりと身体を綺麗にしとくね。あーしはいつでも準備万端にしとくから」
クローデットは、自らの胸を抱き寄せ谷間を作り、腰をくねらせる。
Sランク冒険者になってお金を稼ぐ前に、欲望に負けそうな自分が脳裏にチラつく。
「しなくていい。早く風呂に入ってこい」
「はぁい、先にお風呂頂きまーすぅ」
元気に手を振って、クローデットが脱衣所に繋がる扉を開けた。
その姿を見送ると、しばらくして水の流れる音がし始めた。
俺は変な気を起こさないよう、ソファからベッドに移動し、寝転がると枕を頭からかぶる。
ふぅ、マジで今日はいろいろとありすぎて、へとへとだ。
明日からもやることはいっぱいあるし――
今日起きたことと、明日からのことを考えていたら、寝心地のいいベッドの感触によって睡魔が呼び起され、俺の意識はスッと消えた。
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