第十五話 ゲームかと思ったら、ここは異世界だった!
「おじさん、おじさん、広場に着いたけど何しにきたの? ここに?」
考え事をしていた俺は、クローデットに腕を引かれ、我に返る。
「あ、ああ。チュートリアルも終ってるし、セーブクリスタルに触れて、オンラインサーバーに入ろうかと思ってさ」
「ちゅーとりある? おんらいんさーばー? んーっと、それってさぁ……」
NPCだし、ゲーム内のメタ用語に関する知識はないか。
まぁ、NPCがチュートリアル以外で、ゲーム内のメタ用語を喋ると没入感妨げるだろうから、あえてAIに情報を与えてないのかもな。
それよりも、セーブクリスタルは、噴水の前にあったはず……。
広場の中央にある噴水の前に、青い石が浮かんでいるのが見えた。
「あった、あった。セーブクリスタルだ」
「おじさん、ソレってたしか――」
セーブするため、クリスタルに触れると、ウィンドウが浮かんだ。
【ようこそ、ワイズの街へ。ワイズの街は、アステガルド世界に存在する人族最古の都市として知られており、大神バレンティヌス様の大神殿が――】
は……い? なんだこれ?
「おじさん、それ観光案内のクリスタルだけど……」
「え? 観光案内? セーブクリスタルじゃ……」
待て、待て、待て……ちょっと待ってくれ……。
セーブクリスタルがないと、ゲームの進行が保存できないし、オンラインサーバーに繋げないんだが。
いったいどうなってるんだ……。
NPCがいなかった街にも人が溢れてて、印象がガラリと変わってるし。
「せーぶくりすたる? いや、観光案内のクリスタルだって。おじさん、どうしたの? 顔色悪いよ?」
「ちょっと、落ち着かせてくれ」
心配そうに俺を見るクローデットを手で制し、深呼吸をして心を落ち着かせる。
あれがセーブクリスタルじゃないとすると、別のものになってるのか?
その前にログアウトできるのか? これ?
セーブクリスタルだったものが、観光案内のクリスタルになっていたことに不安を覚えた俺は、慌ててメニューウィンドウを開く。
ログアウトボタンがねぇ。消えちまってる……。
チュートリアル中はあったのに……なんでだ。
これじゃあ、ゲームからもログアウトできねぇ……。
どうなってんだ……コレ。
俺はその場に膝から崩れ落ちた。
「おじさん……どうしたの!?」
「ログアウトできないんだ……」
「ろぐあうと……せーぶくりすたる、ちゅーとりある。おじさんがさっきから言ってる言葉、んーっとなんか、遠い昔に聞いたことがある気がするんだけどなぁ。どこだっけ?」
「知ってるのか? クローデット!」
「え? あ? なんかどっかで聞いた記憶があるって感じなだけでぇ」
俺はクローデットの肩を掴み、激しく揺さぶる。
「教えてくれ、頼む」
このままログアウトできないと、いかに最新式のVRダイブギアを装着してるとはいえ、現実の俺が衰弱死する。
独身だし、両親も他界してて、まとまった有給取ってて、誰も部屋には来ない。
ログアウトできなきゃ、生死にかかわる事態に陥るのは確実だ。
「あーーーー! 思い出した! 魔王のやつが言ってたんだぁ! そうそう、魔王がぼやいてた時、おじさんの言ってた言葉が使われてた気がする」
「なんて言ったんだ魔王が?」
「クソ爺……あ、大神バレンティヌスね。そいつが、異世界から転移召喚をさせた者を戦いに参加させてるって話の中で、魔王が言ってたのを思い出した。ってかさ、もしかしてだけど、おじさんってさぁ。その異世界からの召喚者ってやつ?」
「……召喚者だって?」
「うん、召喚された人の中には、魔王軍に掴まってせーぶくりすたるとか、ちゅーとりあるとか、ろぐあうとできないって喚いてた人がいるって記録が残ってるとか魔王が言ってた。クソゲーにコウギするとか喚いてた人もいるって記録があるとかも言ってたかも」
「異世界から召喚……マジか……」
つまり俺はアバターキャラでVRMMOやってたつもりが、どこかのタイミングからか、V・F・L・Oに酷似したシステムを使う異世界にキャラごと転移してたってことかよ……。
マジか、そんなことが起きるのか……。
漫画やWEB小説じゃねえんだから、ありえねぇ……だろ。
目を覚ませ、俺!
強制的にでも目覚めようと、自分の顔を思いっきり殴る。
口の中が切れ、ジンジンとした痛みとともに血の味が広がった。
くっそ、痛てぇ……。
すげぇリアルなゲームかと思ったけど、転移したことでこっちの世界が俺の現実になったのかよ。
「おじさん! ダメだって」
哀しそうな顔をしたクローデットが、俺の腕を掴んで殴るのを止めさせようとした。
「だって、こうすれば目が覚めるかもしれないだろ。クローデット、手をどけてくれ」
「おじさんが本当に召喚者だったら、目覚める前に死んじゃうよぉ。魔王が言ってたし、目を覚まそうとした召喚者が自ら死を選んで、そのまま死んだって話。だから、目を覚まそうなんて思っちゃダメよ」
クソ……マジか。
こっちで死んで、現実で目を覚ましたとかいうオチであって欲しいが……。
そうなるって確証はないか。
「召喚者ってさ、この世界に召喚された後、どうなったとか知ってるか?」
「あーしも直接召喚者に会ったのはおじさんが初めて。だから、魔王から聞いた話の範囲だけど……。中には目立った功績を上げて貴族になったとか、この世界で寿命を全うしたとか、戦いで死んだとか、病気に倒れたとか言ってた気がする。ああ、そうそうクソ爺の対応にキレて魔王軍に就職してきた人も居たとか」
「元の世界に帰った人は?」
「んーっと、あーしが聞いてる範囲では居ないかなぁ。あのクソ爺は性格悪いしね」
帰れないのは、ほぼ確定だ。
召喚に応じた俺は、この世界で生きていかないといけないらしい。
……いや、でもどこで召喚されたんだ俺。
普通にゲームにログインしてチュートリアルやってただけなのに。
ログインの時か? ものすごいノイズ音と耳鳴りがしてたし。
思えば、アバターキャラの顔だけ、現実の俺を反映したところが怪しかったしな。
それか、地下墓地の奥にあったクローデットの眠ってた地下宮殿の入口の扉を開けた時かも。
あの時も耳鳴りと眩しい光があって、意識が一瞬飛んだ気もするし、その前に文字化けしたメッセージが浮かんでたわけで。
あれが召喚に応じる選択肢だったかもしれない。
どちらにせよ、俺はこのV・F・L・Oに酷似した異世界で生きるという選択肢しか残されていないらしい。
「ふぅーー」
「おじさん、大丈夫?」
「ちょっとだけ気持ちの整理をする時間をくれるか」
「うん、いいよ。急に召喚者だって言われても、びっくりしちゃうよねぇ。おじさんが納得するまであーしは待つよ。ああ、そうだ。おじさんの傷を治すね。せっかくの男前が台無しだしぃ」
クローデットの手が頬に触れると、淡い光が発生し、自分で殴った部分の痛みが和らいでいく。
「すまん、助かる」
「いいよ、いいよ。あーしはおじさん専用の牝で従魔だから、当たり前のことしてるだけだしぃ」
クローデットの優しさが、異世界にたった一人で召喚された俺のショックを癒してくれる。
「おじさん、元気出して。あーしの前なら泣いてもいいよ。ちゃんと周りに見られないようにしてあげるから」
そう言ったクローデットが、俺の頭を抱きかかえると、自らの胸を押し当ててくる。
柔らかな胸の感触と、彼女の身体から匂い立つ甘い匂いに、落ち着きを取り戻していく。
クローデットは、召喚されて気落ちした俺を必死で慰めてくれてるんだな……。
ありがてぇ……。
こんな子に励まされたら、気落ちしてるわけにもいかないよな。
事実は事実として受け入れるしかない。
今の状況を前向きに考えろ、俺。
元の世界には帰れないし、召喚されたことで元の世界の俺がどうなったかも知ることはできない。
しかも、このV・F・L・Oのに酷似した異世界での死は、現実での死と同じだ。
もしかしたら、それで戻れるかもしれないが、分の悪い賭けはしたくないし、できればこっちで生を全うした後で試したい。
でも、今の状況を前向きに考えれば、神引きのスキル能力を持ち、V・F・L・Oの戦闘システムと酷似した世界で、クローデットみたいな綺麗な伴侶を連れて生活できるのは悪くない。
元の世界は、すでに両親は他界してるし、独身だし、仕事のストレスや、いろんな面倒ごとも多いわけだし。
どっちがいいかと聞かれたら、クローデットがいるこっちの世界の方が楽しい生活を送れそうな気がする。
それに運営がいないとなれば、クローデットを伴侶としてもBANされることはない。
意外と理想の生活環境だ。
金銭も冒険者すれば稼げそうだしな。
クローデットの胸から顔を出すと、彼女を抱えて立ち上がる。
「気遣ってくれて、ありがとな」
「おじさん……」
「クローデットのおかげで、もう大丈夫だ。転移したからには、こっちで頑張るしかないわけだし、俺は強いから何とかなるはずだ」
「おじさん……! ちょーかっこいいよ。やっぱ、あーしの目に狂いはなかったっしょ!」
今回の転移召喚は、神様がモブおじさんだった俺をこの世界で何かを成し遂げ、何者かになれって送り込んでくれたと思うことにする!
この世界で生きると決めたら、急に空腹を覚えて腹が鳴った。
「とりあえず、腹も減ったし、日も暮れてきたから今夜の宿を探すとするか」
「はぁい。もしかしたら、あーしが泊ったことのある昔の宿が残ってるかも。そこ行ってみよ。わりといい宿だった気もするし」
「そう言えばクローデットは300歳を超えてたが――」
年齢の話をしたら、抱きかかえてるクローデットが、俺の唇の指を当てて言葉を遮った。
「あーしは永遠の20歳。おじさんの精気を吸い続けられるからね。だからぁ、年齢の話はなし、なし」
「……分かった。クローデットは永遠の20歳だな。承知した」
まぁ、深く考えるとドツボにハマりそうなので、見た目の年齢と思った方が、こっちも気を使わなくて済むか。
「じゃあ、クローデットが泊まった宿があるか探しに行くとするか」
「はいはーい。たしか広場の奥の道を進んだ先だったはずっしょー」
俺たちは広場を離れ、宿を探すことにした。
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