第四章 増えたお客と魔術の訓練(3)
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夕食の席に着くと、食べながら話しあいを始めた。
「お客さんが増えたことによる問題は大きく分けて二点かしら」義姉さんが、指を二本立てて言う。「お客さんを長く待たせてしまうことと、食材が尽きて注文に応えられなくなること」
「食材に関しては、明日から……注文出すのが明日の朝だから、正確には明後日からか、仕入れの量を増やせば何とかなるんじゃないか。けどもう一つの方はなあ……どうする?」
兄さんが困ったように眉を寄せる。
「一番手っ取り早いのは、人手を増やすことじゃない?」
あたしが提案すると、義姉さんがうなずいた。
「そうなのよね。それで考えたんだけど、そろそろあたしが出産・育児で抜ける間の補充要員を探し始めてもいい頃じゃない? どうせ給仕を雇う予定だったんだから、その予定が少し早まっても問題はないでしょ? 調理人の方は決まってはいなかったけど、可能性として検討はしていたし、全くの予定外ってこともないわよね。ただ、問題は……」
「新人を教育してる余裕はないから、経験があって即戦力になれる人に限る、ってことだな。少なくとも給仕の方は。調理人の方は、洗い物とか担当させときゃいいから最悪新人でも何とかなるけど、給仕は経験者じゃないと無理だろう」
義姉さんの言葉を兄さんが引き継いだ。
「そう。でも、経験者で今すぐ入ってくれる人なんて、そう簡単には見つからないわよねえ? ただでさえ、最近どこも人手不足なんだし」
「そうなんですか?」
シアが少し首を傾ける。兄さんがうなずいて口を開いた。
「ケルセナム……近くにある港町の港が去年拡張されて寄港する商船の数が大幅に増えた影響で、クラディムを通る商人も増えたんです。それで町がにぎわうのはいいことなんですけど、働き手が不足してるんですよね」
「近隣の村から出稼ぎに来る若い人もいるんですけど、需要に供給が追いついてないんですよねえ」
「特に即戦力になれる人材なんて引っ張りだこだから、求人募集かけても見つけるのは難しいでしょうねえ。元々の予定では、給仕の方はセイーリンがまだ働ける間に新人を雇って教育するつもりで、それでも応募者が来るか、採用条件で折りあいつけられるかは微妙なところだ、って話してたくらいだったのに」
兄さんがため息をつく。
「採用条件を予定より厳しくするとなると、予定していたよりお給金を上げなきゃいけなくなる可能性もかなり高いわね」
「そうなんだよなあ。足元見られそうだ」
「何だか……すみません。お手伝いするつもりが、かえってご迷惑をおかけしちゃっているみたいで」
シアが困ったように言った。義姉さんと兄さんが慌てて手を振る。
「いえいえ、お客さんが増えること自体はありがたいことですから」
「そうそう、これはいわば嬉しい悲鳴ってやつですよ」
「だったらいいんですけれど……」
シアが口を閉じて、少しの沈黙がテーブルに落ちる。それから、父さんが、トン、とコップをテーブルに置いた。
「とにかく、問題解決のためにできるだけの努力をするしかねえだろう」
「つまり、求めてる人材が見つかる可能性が低いのを理解した上でそれでも求人出してみる、給金もできる限り譲歩する、ってことか?」
兄さんの言葉に、父さんは無言でうなずいた。
「まあ、そうなるかしらねえ。他にいい解決策も思いつかないし。店と商人ギルドに求人の広告出して……あとはできるだけ知りあいにいい人いないか尋ねて回ってみる、っていうのもありね」
「ああ、その手もあるか。こういう話は、知りあいの伝手をたどった方がいっそうまく行くかもな。知りあいの紹介なら、給金の交渉で吹っかけられることもなさそうだし」
「だといいわねえ。――じゃ、そういうことで決まりね」
義姉さんが手を叩いたのを合図に、話しあいは終わった。あとは他愛ないお喋りをしながら食事を終えて、開店準備に移る。
店を開けると、どんどんお客さんが入ってくる。昼と同じく、シア目当てで来たお客さんが多いみたいだ。……うう、やだなあ。見てるのも聞いてるのも嫌だ。
シアとお客さんのやりとりはできる限り無視して、愛想笑いを貼りつけて接客を続ける。それでも、どうしてもシアの方が気になってしまうのはやめられなくて、ついお客さんへの応対が上の空になってしまう。
「リューリアちゃん、なんか様子が変じゃぞ。笑顔も固いし。大丈夫かい? 客が多くて疲れてんじゃないのかい。あんまり無理するんじゃないよ」
常連のおじいさんにそう声をかけられて、反省した。私事でお客さんに心配かけるなんて、だめだ。もっとちゃんとしなくっちゃ。
「心配してくれてありがとうございます。だけど大丈夫です。――ご注文は以上でよろしいですか?」
それからは、もっと自分の仕事に集中するようにした。シアの方を気にしてしまうのを完全にはやめられないけど、それで仕事に支障を来してはいけない。ただでさえ、混んでいて仕事が多いんだから。
そう自分に言い聞かせて、その夜は乗りきった。最後のお客さんを送り出した後、やっとみんな帰ってくれた、と思ってしまったのは、商売人失格かもしれないけど、精神的にも肉体的にもへとへとだったからってことで、見逃してほしい。
閉店後の掃除の時間は、シアを独占できて、シア目当てのお客さんへの嫉妬でささくれていた心が落ち着いた感じがする。
掃除を終えて、シアに笑いかける。
「今日も一日お疲れ様。手伝いありがとう、シア」
「ええ。ルリもお疲れ様」
「明日も多分混雑すると思うけど、がんばろうね」
言ってから、思い出した。
「あ、そうだ。あたし、父さんと兄さんに言っとくことがあるんだった」
厨房に足を向けると、シアが後をついてくる気配がする。
厨房の中では、義姉さんがまだ洗い物をしていて、兄さんと父さんは片づけ物をしている。厨房に足を踏み入れると、三人がちらっとこっちを見た。
「父さん。明日はお師匠のとこに行く日だから、いつもどおりチバル羊のモツ煮作っておいてくれる? 兄さんも、パン多めに焼いておいて。お願いね」
父さんの頬がぴくっと動いて、顎のあたりが強張る。だけど、そのまま数秒置いて、父さんはうなずいた。
「わかってる」
「任せとけって。ちゃんと憶えてっから」
続けて兄さんも、ぽん、と胸を叩いた。
「うん。じゃあ、おやすみ」
父さんと兄さん、義姉さんから、おやすみ、と返ってくる。あたしは厨房の入口に立っているシアを促して、食堂に出た。
「今聞いてたとおり、明日の午後はあたしのお師匠の家に行くんだ。シアも一緒に来る? お師匠のこと、シアにも手紙で教えたと思うけど、憶えてる?」
「憶えてるわ。イァルナさん、だったわよね。ぜひお会いしてみたいわ」
「そっか。人づきあいが嫌いでちょっと難しい人だけど、悪い人じゃないよ。魔術談議が好きだから、シアのことは歓迎してくれると思うし」
「そうだと嬉しいわ」
「それじゃ、今日はもう寝よっか。明日も早いし」
まだシアとお喋りしていたい気持ちはあるけど、明日も忙しくなるだろうことを考えると、夜更かしして体力を落としてはいけない。特にシアは、給仕の仕事に慣れてないんだし。
「そうね。おやすみ、ルリ」
「おやすみ、シア」
挨拶を交わして、シアと別れて自室に戻る。寝巻に着替えて窓を閉めて、寝台に潜り込んで手燭の蝋燭の火を消すと、一気に眠気が襲ってきた。
今日はさすがに疲れたからなあ。明日朝寝坊しないといいんだけど。そう考える傍から、意識は暗闇に落ちていった。
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