第三章 街と森で過ごす休日(4)

「リューリア姉ちゃん、リューリア姉ちゃん!」


 今度は何だろう? 声のする方を見ると、ラピスが走り寄ってきた。


「何? ラピス」


「宝石の名前は魔除けの効果があるんだよな!? 俺の名前もそうなんだよな?」


「そうだよ。どうしたの、いきなり」


 うなずくと、ラピスは他の子たちを振り返った。


「ほらな! すごいだろ!」


「へー、ラピスいいなー」


「なんかかっこいいよな」


 他の子たちの言葉に、ラピスはますます得意そうな顔になった。


「俺だけじゃないんだぜ! リューリア姉ちゃんも、ルチルさんも、宝石の名前持ってるんだ! おそろいなんだぜ!」


「そうなのか?」


「リューリアさんも? すごーい」


 子どもたちが興味を引かれたような顔でこっちを見てくる。


「あー、あたしの場合は愛称だけどね。リューリアだからルリって、シア……ルチルがつけてくれたの。瑠璃っていう宝石のことなんだよ」


「わたしは、ルチルカルツが宝石の名前なの。針水晶っていう宝石よ」


「針水晶は、透明な石の中に金色の線が入ってるんだぜ! ルチルさんが見せてくれた!」


「え、どんなのどんなの?」


「あたしも見たい!」


 子どもたちが、わいわいとシアの周囲に集まる。シアは耳飾りを外して、子どもたちに見せた。


「これが針水晶よ」


「わー、ほんとに金色の糸みたいなのが入ってるー」


「すごいねー」


「リューリア姉ちゃんも瑠璃を持ってるんだぜ!」


 ラピスの言葉に、子どもたちの視線が今度はあたしの方を向く。仕方ないなあ。


 あたしは瑠璃の首飾りを外して、子どもたちに見せた。


「青ーい」


「綺麗な色ー」


「なんか金色の粉がついてる?」


「いいなあ。あたしもこんな綺麗な石の名前が欲しかったな」


 アルマが心底うらやましそうな顔で言った。シアが意外そうな顔になる。


「あら、アルマちゃんの名前も宝石の名前でしょう?」


 アルマが大きく目を見開いた。


「え、そうなの!?」


「アルマもなのか?」


「知らなかったー」


 シアがことりと首を傾けて、あたしの方を見た。あたしは首を振る。


「あたしも知らなかった。アルマって宝石の名前なの?」


「ええ、そうよ。……そういえば、由来を忘れられてしまっている名前も多いって聞いたことあるわ。じゃあ他の……たとえばティスタさんの名前も宝石の名前ってことも、知らないの?」


「知らなかった。ティスタもなんだ?」


 アルマがシアの服を引っ張る。


「ねえねえ、ルチルさん。あたしの名前って、どんな宝石?」


「アルマはね、アルマースから来ているの。金剛石のことよ。とても硬くて、強い宝石なの。透明な物が多いけれど、赤とか青とか黄色とか、色々な色があるわ」


「そうなんだあ……」


 アルマがうっとりとした顔になった。頭の中で宝石を想像しているようだ。


「ちなみに、ティスタはどんな石のこと?」


「アメティスタ――紫水晶よ。名前のとおり紫の透きとおった石」


「へえー。今度ティスタに教えてあげよう」


「そうそう。フェイというのも宝石の由来を持つ一般的な名前の一つよ。確かルリのおじいさんかひいおじいさんの名前だったわよね?」


「ひいおじいちゃんだよ」


 シアはうなずいた。


「フェイはフェイツェイ――翡翠から来ているのよ。硬い、深緑色の石」


「そうなんだ。じゃあ、うちの宿屋や食堂が繁盛してるのも、名前のご利益があってのことだったりしてね」


「ふふ、そうかもしれないわね」


 シアが微笑む。


 二人きりだったら、シアに、翡翠の実物を作ってみせて、って頼むところだけど、宝石を生み出す力は本当は一族外の人間には内緒だから、ここでは頼めない。


「ねー、もっと見せてー」


 手に持った瑠璃の首飾りを子どもたちの一人に引っ張られて、あたしはそっちに意識を移した。


「わ、ちょっと、引っ張らないで。ちぎれちゃう」


「だってもっと近くで見たいんだもん」


「じゃあ、口で言いなさい。ほら、これでよく見えるでしょ?」


 その子の目の前に石が来るように、首飾りをぶら下げてあげる。


 しばらくそうやっていたけど、もうそろそろいいかな、と思って、首飾りを胸元に引き寄せた。


「はい、もう充分見たでしょ。そろそろ、採集に戻りなさい。せっかく森に来てるんだから、森を楽しまないと損だよ」


 言いながら、首飾りを身につける。子どもたちは、はーい、と口々に言いながら、また散らばっていく。残念そうな顔をしている子もいるけど、滅多に来られない森の魅力にはやっぱり抗いがたいみたいだ。


 その後一時間くらい森で遊んだり採集したりしてから、町に帰る。日が落ちるまでにはまだ時間があるけど、小さい子もいるから、あんまり遅くまではいられない。


 町に入ると、子どもたちは三々五々家に向かって去っていく。


「リューリアさん、ありがとー」


「また森に連れてってねー」


「ルチルさんもー、さよーならー」


「さようなら」


「気をつけて帰るんだよー」


 子どもたちに手を振りながら、あたしとシア、ラピスも家路をたどる。


「そういえばさ、シア、夕食はうちの家族と一緒に食べようよ。シアには今日、アルマたちのことでも、アドリクたちのことでもお世話になっちゃったから、そのお礼だと思って。ね、いいでしょ?」


 シアは少し考えた。


「それじゃあ……わたしにもお料理を作るの手伝わせてくれる? 邪魔にならないようにするから」


「うん、いいよ。一緒に作ろ」


 あたしはシアと微笑みあった。あ、あたし今シアの笑顔を直視できてる。やっぱり一緒に過ごしてるうちに、慣れてきたのかな。何だか昔に戻れたみたいで、嬉しいな。


 幸せな気持ちで家に帰って、シアと義姉さんと夕食の準備をする。ラピスは居間で、兄さんと父さんに、今日一日の出来事を話している。

 夕食が始まったら、今度は義姉さんに同じ話を始めて、何度も聞かされる兄さんと父さんは苦笑していた。でもラピスが楽しそうだから、口は挟まずに好きに喋らせている。


 夕食後は、あたしとシア、ラピスでお風呂屋に行った。義姉さんたちは午後にもう行ってしまったそうだ。


 せっかくシアの笑顔を直視できるようになったところだけど、シアの裸体を直視するのはまだ無理で、どうしても緊張してしまって、お風呂屋ではまたもうまく話せなくなる。


 でも、シアもお風呂屋では口数が少ないんだよね、ってふと気づく。お風呂にはゆっくり入りたいからなのかもしれないけど……もしかして、もしかしてだけど、シアもあたしとの裸のつきあいに緊張してる? そう思ったら、少し緊張が緩んだ。


 シアもあたしとおんなじなのかな。そうだったらいいなあ。


 そう考えながら、お風呂屋を出て夜道を歩く。大通りでは結構遅くまで屋台をやっているから、道は明るい。


 ラピスは朝からずっとはしゃぎっぱなしで、さすがに疲れたのか、足取りがちょっとよろよろしている。


「ラピス、歩きながら寝ちゃだめだよ。家まで我慢しなさい」


「わーかって……るー……」


 答える声がもう寝ぼけ声だ。


「しょうがないなあ。だっこする?」


 ラピスはもう結構重いけど、魔法で身体強化すれば楽々抱いていける。


「いらない。俺もう赤ん坊じゃないもん」


 ラピスは頑固に答えて、眠気を振りきるようにぶるぶると頭を振った。


「じゃあしっかり歩きなさい」


 そう言い渡すけど、転びかけた時のために距離をつめて、しっかり見張っておくことにする。


 途中ちょいちょい危なっかしかったけど、ラピスは何とか転ばずに家までたどり着いて、おやすみなさーい、と住居部分に直行した。


 それを見送って、あたしも風呂用具一式を置きに自分の部屋に戻ろうとしたら、シアに引き止められた。


「ルリ、ちょっと待って。何か空き瓶って持っている?」


「空き瓶?」


 あたしはきょとんとシアを見つめ返した。


「そう。キャルメの花の香水、分けてあげるって約束したでしょう? それを入れる物」


「あ、そうだった! 空き瓶、空き瓶ね、えーっと……あ! うん、あるある。ちょっと待ってて!」


 あたしは急いで自分の部屋に向かった。


 寝台脇の小箪笥の一番上の引き出しを開けて、ガラスの小瓶を取り出す。ガラス製品が特産品だっていう町から来た隊商がクラディムに滞在中開いてた露店で買った物だ。深い青がシアから貰った瑠璃の首飾りの色と似ていて、気に入ってる。

 特に何にも使ってないし、これなら、シアから貰うシアと同じ香りの香水を入れるのにぴったりだ。


 風呂用具一式を寝台の上に置いて、ガラス瓶を持ってシアの元に戻る。


「これでどう?」


 ガラス瓶を見せると、シアが微笑んだ。


「いいわね。じゃあ、わたしの部屋に行きましょうか」


 宿屋の二階に上がる。シアの部屋に入ると、シアは風呂用具一式を寝台脇の小机に置いて、かわりに小机の上に置いてあった陶器の小瓶を手に取った。


「これがキャルメの花の香水よ。その瓶貸してちょうだい」


 シアが、自分の小瓶からあたしの小瓶に香水を注いでくれる。ガラス瓶いっぱいに入れて、はい、と返してくれた。


「ありがとう。結構貰っちゃったけど、本当に良かったの?」


「いいのよ。これもあるし」


 シアは、小机の上からガラスの小瓶を持ち上げて微笑んだ。今朝買った、シャリエの実の香水だ。


「そっか」


 あたしがキャルメの花の香水を身につける時はシアのことを考えるだろうけど、シアもシャリエの実の香水をつける時はあたしのこと考えてくれるんだろうか。そう考えたら、鼓動が速くなった。


「ね、寝る時間までまだあるでしょう? お喋りしていかない?」


 シアが寝台を指し示す。あたしは、うん、と大きくうなずいた。


 隣りあって寝台に座って、今日あったことなんかを話す。話題はそのうち、子どもの頃山に狩りや採集に行った時の話に移った。


「そういえばさ、レティ母様が熊を狩ったことあったよね」


「ああ、あったわね。滅多に見ないような大物で、しばらく里中で話題になっていたわ」


「それで、普段ならうちに近寄りもしないような人たちが、お裾分けしてくれ、って訪ねてきたりしたんだよね」


「いつもルリたちをのけ者にしているのにこんな時だけ図々しい、ってわたし腹が立ったわ」


「そうだったね。でも、その人たちが遠回しに要求してくるのを、レティ母様が気づかないふりではっきり頼まざるを得ないようにしてたんだよね。それでその人たちが帰った後で、いい気味、って笑ってたっけ」


「レティおば様らしかったわよね。それを、あまりやりすぎないように、ってヨルダおじ様がたしなめたりして」


 思い出話は楽しくて、いくら話しても話題が尽きない。すっかりお喋りに夢中になっていたけど、話題が途切れたところで、ふわあ、とあくびが出た。


「ルリ、眠いの?」


「うーん、少し眠いかも。今日は森に行って、そこそこ運動したしね」


「そうね。それに明日はまた食堂のお仕事があるものね。もう寝た方がいいかしら」


「そうしようかな」


 名残惜しいけど、夜更かしして明日の仕事に支障が出てもいけない。あたしは、青いガラス瓶を握りしめて立ち上がった。


「じゃあ、おやすみ、シア」


「おやすみなさい、ルリ。また明日」


「うん、また明日」


 挨拶を交わして部屋を出る。

 また明日、って嬉しい言葉だな。明日になれば、またシアに会えるんだ。色んなことを一緒にやって、色んな話をして、一緒に過ごせる。うん、明日もいい日になりそう。


 あたしは微笑みながら、宿屋の一階へ続く階段を下りていった。




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