第三章 街と森で過ごす休日(3)
義姉さんたちに午後からは森に行くことを伝えて、義姉さんと昼食を作って、食べて、森に行く用の服装に着替える。さすがにワンピースで森には行けないからね。汚れてもいいシャツとズボン、それにブーツ、という格好だ。髪は結い上げたままだけど、髪飾りは外す。
山菜や薬草、薪を入れる籠を背負って、同じく着替えて籠を持ったラピスと連れ立って、私用の玄関から外に出る。
さっきからがやがや声がしていたけど、外に出るとやっぱりもう十人くらいの子どもが集まっていた。その子たちも皆籠を背負っている。
そろそろ八の鐘が鳴るかな、と思ったところで、シアが建物の角を曲がってやってきた。宿屋の入口から出て、庭をぐるっと回ってきたみたいだ。
「シア、こっち!」
手を振ると、シアは手を振り返しながら歩み寄ってくる。シアも、あたしと同じような格好だ。
「昼ごはん、どうだった?」
「串焼きを買って食べたわ。ルリのおすすめどおりおいしかったわ。ありがとう」
「えへへ。なら良かった」
そう笑ったところで、八の鐘が鳴った。
「あ、時間だね。――みんな用意はいい? 出発するよー」
子どもたちに声をかける。子どもたちの間から出てきたテンリが、シアを見た。
「この人も一緒に森に行くのか?」
「そうだよ。あたしの幼なじみで、遠くから来たお客さんなの。この町のこととか色々知りたいんだって」
「ルチルカルツ・シアっていうの。よろしくね。ルチルって呼んでちょうだい」
「俺はテンリ。よろしく」
テンリに続いて、子どもたちも自分の名前を名乗っていく。数えたら十三人もいるから、シアも全員は憶えきれないんじゃないかなあ。
でもまあ、これでも少ない方だ。いつもなら二十人はいる。今日は森に行くって決まってから出発まであまり時間なかったから、これくらいになったんだろう。
「それじゃあ、年長の子たちは小さい子たちの面倒見てあげるように。並んでしゅっぱーつ!」
いつもの号令をかけると、子どもたちはテンリを先頭に、二、三人ずつ並んで歩き始めた。あたしとシアは最後尾をついていく。
大通りに出て、町の入口に向かって進んでいると、通りに並んでいる屋台から声がかかった。
「おー、テンリじゃねえか。ガキども引き連れてどこ行くんだ?」
「森に行くんだ!」
「そうなのか? 付き添いは……ああ、リューリアがいるのか。なら大丈夫だな。気をつけて行ってこいよー」
「うん!」
テンリは意気揚々と手を振る。他の子どもたちも周囲に手を振りながら歩いて、町を出た。
道の片側には畑が広がっていて、もう片側には森が広がっている。狩人や、薪拾い、山菜や薬草の採集に来た人たちに踏み固められてできた小道を通って、森の中に入っていく。
あたしは森の入口で自分の体を地属性に変換した魔力で包み、身体強化の魔法をかけた。小さい子もいるからそんなに奥には行かないし、多分必要ないとは思うんだけど、森や山に入る時は身体強化の魔法を使うのが、小さい頃からの習慣なんだよね。これなら、不測の事態にも備えられるし。
子どもたちははしゃぎながら、山菜や薬草を摘んだり薪を拾ったりしている。テンリも言ってたけど、森に来るの久々だからなあ。雨期は足元が滑って危ないから子どもたちの集団を森には連れてこられないし、その前はあたしが色々忙しかったし。
あたしの都合で子どもたちが森へ来られるかどうかが決まるのは、魔力暴走の問題があるからだ。
魔力は誰もが持っている当たり前の力だけど、幼い頃は制御が難しい。うまくできなくて魔力を暴走させてしまったりする。そんな時は近くにいる同属性の大人がその子の体に魔力を流し込んで、かわりに魔力を制御して、暴走を止めてあげる。そうでないと命に関わる。
個人差はあるけど、自力で魔力を制御できるようになるのは、大体十二歳から十五歳くらいだ。だから、それより幼い子たちは、周囲に大人がいない町の外には行けない。
森とか町の外に行くには、自分と同じ属性の大人に連れてってもらわなきゃいけない。子どもたちが集団で町の外に行こうとしたら、最低でも風、水、火、地の四属性それぞれの大人が一人ずつ、四人の付き添いが必要になる。
大人はみんな仕事で忙しいから、四人集めるのは大変なんだ。
だけど、自分の魔力の属性を変えてどの属性の子の魔力暴走にも対処できる魔術師が付き添いだったら、付き添いは一人でいいから、子どもたちが町の外に行きやすくなる。
ちなみにあたしは魔術師でなかったとしても、無属性だから、あたしが付き添いだったら、やっぱり一人でいい。
無属性の魔力は、四属性のどの魔力とも反発しないので、あたしはわざわざ自分の魔力の属性を変化させなくても、どんな属性の子の魔力暴走にも対処できるんだ。
そういう意味では無属性は便利だ。でも、いいことばっかりじゃない。
というか、周囲の人には便利でも無属性本人には厄介、って言った方がいいかもしれない。
無属性の大人はどの属性の子の魔力暴走にも対処できるけど、無属性の子の魔力暴走に対処できるのは、無属性の大人か魔術師のどちらかしかいない。そして、無属性も魔術師も、珍しい存在で、四属性と違ってどこにでもいるわけじゃない。
だから無属性のラピスは、基本的にあたしと離れることができない。このクラディムで無属性はラピスの他にあたしだけだからだ。
魔術師なら、あたしの師匠もいるけど、お師匠は町外れに住んでるから、ラピスが魔力暴走を起こしてから呼んできたんじゃ、まず間に合わない。お師匠が到着する前にラピスが命を落としてしまう可能性が高い。
ラピスが生まれて無属性だってわかった時、兄さんと義姉さんには、あたしがいてくれて良かった、ってすごく感謝された。もしあたしがいなかったら、ラピスを遠くにやって魔力暴走に対処できる人に育ててもらわなきゃいけなかったからだ。――あたしみたいに。
あたしがシアの一族でもないのにシアの里で育ったのは、あたしが無属性で、同じく無属性だった母さんが、あたしが生まれてすぐ死んでしまったからだ。火属性の父さんではあたしの魔力暴走に対処できなくて、町には他に無属性の人はいない。
だからあたしは、皆が魔術師で無属性の子の魔力暴走に対処できるシアの里に送られて、子どものいないレティ母様とヨルダ父様に育てられることになった。
そして、十歳になった頃、もう自力で魔力を制御できる、暴走させることはない、って認められて、クラディムに帰ってきた、っていうわけだ。
自力で魔力を制御できるようになったのが普通より早かったのは、あたしが魔術師としての訓練を受けていたからだろう。シアの里では、十歳くらいで自力で制御できるようになるのが普通だったし。
……あ、考えてたら、嫌なこと思い出しちゃった。
あたしがもう故郷の町に帰っても大丈夫かどうか見極めるために行われた試験のことだ。何も知らされずに里の集会所に連れていかれて、よく知らない大人たちに囲まれて、嫌なことをいっぱい言われた。それであたしは感情を昂らせて魔力を暴走させそうになったけど、これはまずい、と思って自力で魔力の流れを整えた。そしたら、合格、って言い渡されて、何が何だかわからないうちに、故郷の町に帰ることになってた。
レティ母様とヨルダ父様には試験の後で謝られたけど、二人が悪いわけじゃないのはわかってた。試験の内容を考えたのも、試験を強行したのも、シアの里の長老たちだろう。一族の人間じゃないあたしに、いつまでも里にいてほしくなかったから。
あたしは、はしゃぐ子どもたちを微笑んで見守っているシアの方を見た。
あの里であたしを本当に受け入れてくれたのは、レティ母様とヨルダ父様とシアだけだ。他の人たちはよそよそしかったり、でなければはっきりとあたしを疎んでたりした。
それでもシアがいたから、あたしは独りぼっちにならずに済んだ。いや、もちろんレティ母様とヨルダ父様もいたけど、家族と友達は違うからね。たった一人でも友達がいてくれたことは、本当に幸運だったんだと思う。シアには感謝してもしきれない。
その時前方から小さな悲鳴が聞こえて、あたしは現実に引き戻された。子どもたちの足が止まって何やらざわざわし出す。
「どうしたの?」
声をかけると、何人かが振り向いた。
「アルマとサニカが転んだー」
「血出てるよー」
「え、大丈夫?」
子どもたちの間をすり抜けて、地面に座り込んでいる二人の女の子の所に行く。しゃがみ込んで話しかけた。
「どこ怪我したの?」
サニカは手を差し出し、アルマは足首を指差す。サニカは手の平から血が出ているだけみたいだけど、アルマは足をひねったみたいだ。涙目になっている。けど、どっちにも魔力暴走の気配はなくて、ほっとする。
あたしは背後を振り返った。
「シア、アルマの……赤髪の子の治療頼んでいい?」
あたしでも治せるけど、シアの方が魔術師としての腕は上のはずだ。重傷な方をシアに任せた方がいいだろう。
「わかったわ」
シアはうなずいて、アルマの隣にしゃがみ込んだ。
あたしはサニカの手の平に手をかざして、魔力を水属性に変換した。手から魔力を放出して、怪我している部分を魔力で包み込むようにする。魔力で包み込んだ部分が淡く光って、すうっと傷跡が消えていく。残った血を、大気中の水分を集めて生み出した水で洗い流してあげて、終わりだ。
「他に痛むとこはない?」
尋ねると、サニカは立ち上がって体を動かしてからうなずいた。
「大丈夫。ありがとう、リューリアさん」
「どういたしまして。次からは転ばないよう気をつけて歩くんだよ」
「はーい」
いい子のお返事をしたサニカの頭をなでてから、あたしはシアとアルマの方を見た。そっちも治療が終わったみたいで、立ち上がったアルマがシアにお礼を言っている。
「ありがとう、ルチルさん」
「いいのよ、このくらい。この間はアルマちゃんにお世話になったんだし」
「あれ、シア、アルマと知りあい?」
あたしはぱちぱちと瞬きしながら口を挟んだ。
「一昨日、アルマちゃんとお友達が、ルリの家まで案内してくれたの」
「ああ、そういえばラピスがそんなこと言ってたかも。そっか。ありがとね、アルマ」
「ううん。すぐそこだったから」
アルマは、恥ずかしそうにうつむいて首を振った。その頭をなでてやっていると、更に前方、結構離れた所で、大声が上がった。
次から次へと、何だろう?
耳を澄ますと、怒鳴りあう声が聞こえてくる。
「俺の方が先に着いたんだから俺の勝ちだろ!」
「おまえ、俺の足引っかけたじゃねーか! ずるいぞ!」
「ずるくねえよ! あれはたまたまだ! わざとじゃねえもん!」
「わざとじゃなくてもずるい! 卑怯者!」
「卑怯じゃねえ! 取り消せ!」
「やだね! 誰が取り消すもんか!」
「取り消せってば!」
あ、これはまずそう。慌てて立ち上がって、子どもたちをかき分けて、つかみあいになっている男の子たちに駆け寄る。
「こら、アドリク、ディオ、やめなさい! テンリ、引き離すの手伝って!」
テンリと協力して、何とか喧嘩している二人を引き離す。でも二人ともまだ呼吸が荒くて、顔も真っ赤だ。おまけに、二人の周囲の空気がうっすらと歪んでいる。やっぱり魔力暴走を起こしている。早く対処しないと。
「シア! ディオの……テンリがつかまえてる方の子の魔力暴走抑えて! その子は地属性!」
あたしは叫んで、自分がつかまえているアドリクの体に、魔力を注ぎ込んだ。小柄な体の中で荒れ狂うようにぐるぐる回っている魔力の渦にあたしの魔力を流し入れて、渦を抑える。魔力の流れを整えるにつれて、アドリクの呼吸も落ち着いてきた。魔力の流れが正常に戻ったのを確かめて、注ぎ入れていた魔力を止めて、アドリクの体を離す。
アドリクは、へたりと地面に座り込んだ。魔力暴走を起こすと疲れるから。
シアとディオの方を見ると、そっちも終わったみたいで、シアがディオの体から手を離してディオも地面に座り込んだところだった。
「アドリク、ディオ、気分悪いとかない?」
「……大丈夫」
「……俺も」
二人の返事を聞いて、あたしは、はーっと大きく息を吐いた。
「それなら良かったけど……あんたたちはほんとにもー。喧嘩するんなら、森に連れてくるのやめるからね」
「だってこいつが……!」
「俺じゃねえよ! おまえが……!」
また言い争いを始めようとした二人の頭を、テンリが拳骨で、ゴン、ゴン、と殴る。
「おまえら、こりてねえのかよ。本当に森に連れてくるのやめるぞ」
アドリクとディオは、ぶすっとした表情のまま黙り込んだ。
「ほら、黙ってねえで、リューリアさんとルチルさんにお礼と謝罪言えよ」
テンリが二人を促す。
「……ありがとうございました。迷惑かけてごめんなさい」
ディオがシアの方を向いてそう言うと、アドリクもあたしに向かって口を開いた。
「……魔力暴走止めてくれてありがとう。ごめん」
「いいよ。でも、二人ともしっかり反省すること。いい?」
二人の顔を交互に見ながらそう言うと、二人はまだぶすくれた顔しつつもうなずいた。
「テンリ、また喧嘩にならないよう、しっかり見張っててね」
「了解。任せろ!」
テンリが、どん、と胸を叩く。これなら大丈夫だろう。テンリは子どもたちに慕われてるから。
あたしはシアの元に歩み寄った。
「ごめんね、シア。次から次へと手伝わせちゃって」
「気にしないで。役に立てて嬉しいわ。魔力暴走、大したことにならなくて良かった」
「ほんとだよね」
あたしはうなずいて、周囲を見回した。ほとんどの子どもたちが、心配そうな顔でこっちを見ている。
「みんな、心配しただろうけど、もう大丈夫だよ。ほら、採集に戻ろう」
声をかけると、子どもたちがうなずいて動き出す。あたしはもう一回アドリクとディオの方を見て、テンリが二人をしっかり監視しているのを確かめてから、シアの背を叩いた。
「シアも。行こ」
そうね、とシアが微笑んだところで、ラピスの声がした。
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